JR七戸十和田(しちのへとわだ)駅(青森)から車で30分。旧5000円札で有名な新渡戸稲造とその一族の功績を展示する「十和田市立新渡戸記念館」がある。『武士道』の著者である地元名士の記念館として市民に親しまれてきたが、そこが今、休館中で館長と行政との激しいバトルの舞台になっている。
発端は昨年末に行なわれた十和田市の耐震調査だった。同館のコンクリート強度が低く、補修不可能で倒壊の恐れがあると判明。市は「建物は公園内にあり人が通るので危険」(十和田市総務部)として、今年3月末に休館とし、さらに市議会に同館の廃止条例案を提出した。6月末ですべての館員を解雇する方針だ。
これに激怒したのが同館館長で新渡戸家8代目当主の新渡戸常憲(つねのり)氏だ。「独自に専門家の調査を依頼したところ、耐震性に問題はなかった」(新渡戸氏)として、同館の存続を訴えている。
いざこざの背景にはややこしい権利問題がある。同館が所蔵する8000点もの膨大な資料の大半と土地は新渡戸家の所有だが、建物は市の所有だ。市は資料の賃貸料や館長らの給料、維持管理費など年間約2300万円の費用を実質的な管理者である館長側に支払っている。
「新渡戸家は自分の財産の管理費や給料を市の税金でまかなっている。館長に年約650万円、学芸員2人にそれぞれ年約300万円のほか、社会保障など合わせた人件費は年間約1800万円。今の時代に個人の所有物を公金で管理することは許されない」(市総務部)
新渡戸館長は反論する。
「そもそも常勤の館長を要請してきたのは十和田市だ。私の父は当時勤務していた会社を辞めて館長になった。その時、“新渡戸家の資料を永久に保存する。館長と専門の学芸員が常駐する体制にする”との協定を結んだ。約束を守ってほしい」
廃止条例案が可決されれば、市は年度内に建物を取り壊し、更地を新渡戸家に返却する方針だ。一方で、「新渡戸家が資料を市に寄贈すれば責任をもって管理する」(市総務部)と呼びかけているが、「こちらの言い分はまったく無視されている。寄贈などできない」(新渡戸館長)と信頼関係はすっかりこじれている。市が同館の廃止を強行した場合、新渡戸館長は法廷闘争も辞さないとする。
※週刊ポスト2015年7月10日号