93歳にして今なお元気溌剌な水木しげるの姿を、テレビなどで見たことのある人は多いと思う。どこかとぼけていて、どうやら根っから明るい性格でマイペースなあの姿と、この「あとがき」の重たさとのギャップは印象的だ。
『総員玉砕せよ!』は人間の愚かさばかりを強調した作品ではないが、人間の可能性を示してもいない。実は、妖怪好きだが人間(文明人)嫌いな作者の世界観を描いた作品なのかもしれない。
比して、思い浮かべるのは、作者自らの被爆体験を元に描いた『はだしのゲン』だ。この大作も、読むたびに圧倒される戦争マンガの一つなのだが、こちらは悲劇的なエピソードや残酷なシーンを躊躇なく描きながらも、全体を通して底層に流れているメッセージは人間賛歌だ。どんなにひどい環境にあっても生を肯定しようとする登場人物ら力と作者の志に読者は感動する。
だが、『総員玉砕せよ!』は逆だ。不条理な世界に抗する人間の力を描いているのではなく、不条理そのものをむき出しで我々の目の前に提出している。だから私には、『はだしのゲン』以上にこの作品が気になる。熱帯夜に読んでも背筋が寒くなるし、そう簡単に一言じゃ片づかない気持ちのざわめきが残り続けるのだ。
性交渉の描写はないが、この物語は、従軍慰安婦たちと兵士たちとが「女郎の歌」を合唱するシーンから始まる。その手の話はまだ早い、と思う親なら各自調整いただきたいが、『総員玉砕せよ!』は夏休みの読書感想文の課題図書に格好の一冊であると思う。
私が学校教師だったら、「きれい事は一切ぬきで思ったままを書きなさい」と宿題に出したいところだ。きっとバラエティに富んだ感想文が集まるだろう。それらを私はじっくり読んでみたい。そして、「この作者はまだ生きているんだよ。同じ世界の人なんだ」と伝えて子供たちを驚かせたい。