◆消費者の良心に期待しても無理
だから見にゆき、聞きにゆく。ある時は都内で宅急便を集配する下請け会社の軽トラ、ある時は関東~関西を往復する佐川の下請け業者の幹線輸送車に〈横乗り〉して、ドライバーたちの作業内容や労働時間、給与明細までを聞き出した。
「例えばヤマトが〈バリュー・ネットワーキング構想〉の目玉とする『羽田クロノゲート』で働いた時のことです。このベースは検品や受注管理などより付加価値の高い物流サービスを模索する同社の〈心臓〉とされ、1400億円が投資された。
ただし僕が回されたのは寒い室内でクール便を延々仕分けし、重い保冷ボックスを車に積み込む仕事で、冷凍と冷蔵の違いも教えられずに危険な現場に放り込まれ、そのくせミスすると社員に怒鳴られるんです。
まあ僕の場合は酷い現場ほど、よしっ、ネタとしてオイシイぞって、逆に喜んじゃうんですけどね(笑い)。それで1日9000円じゃ人も集まらないだろうし、よくこれで毎日、宅急便がちゃんと届くよなあって、本部の理想と現場の現実の乖離はやはり感じました」
そこにはアマゾンやユニクロで感じた過度にマニュアル化された空気すらなく、個人の努力や疲弊や〈サービス残業〉の上に宅配というインフラは何とか保たれていたと氏は言う。そして少子高齢化やトラック業界の人手不足が深刻化する中、〈砂上の楼閣〉はいつ瓦解してもおかしくはないと。
「僕は企業がどうとかより、宅配というインフラを維持するために、現状をまずは可視化したかったんですね。すると結局は運賃が安すぎることに行き着き、だからって消費者の良心に期待するのも僕は無理だと思う。
例えばフランスでは昨年、無料配送を禁止する通称・反アマゾン法が可決された。今後はそうした規制も必要かもしれない。今は景気にかかわらず、果実より痛みをより下へ分配するのが物流業界に限らない風潮で、アマゾンが物流部門を外注するのも企業にとって人を抱えるのが一番面倒だから。人が運ぶ限り、送料が無料でいいはずはないんです」
問題は日本が国家の介入なしには荷物一つ送れない国になっていいのかどうか、それをインフラと考えるか、サービスと考えるかだが、今日も現場単価一つ130~150円で荷物を届ける彼らの汗の中身を、せめて私たちも知ることから始めたい。
【著者プロフィール】
横田増生(よこた・ますお):1965年福岡県生まれ。関西学院大学卒。予備校講師を経て、米アイオワ大学ジャーナリズム学部で修士号取得。『輸送経済』記者、編集長を経て、1999年独立。著書に『潜入ルポ アマゾン・ドット・コム』『ユニクロ帝国の光と影』『評伝 ナンシー関』『中学受験』等。ヤマト・佐川各ベースでの延べ3か月に亘る夜勤の結果、体調不良や不眠に悩み、鬱病を疑ったことも。現場では、過労や鬱病で辞める人もいる、という。168cm、74kg、O型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2015年10月30日号