中川:かつて「小女子殺害予告事件」(註:2ちゃんねるに「小学校で小女子焼き殺す」と書き込んだ男性が逮捕・起訴された事件。裁判で男性は「小女子」とは魚の「コウナゴ」のことだと主張したが有罪となった)というのがありましたけど、そういうありえないことでも、今や殺害予告は大事になってしまう。
勝谷:こういうことは無数にあるわけですよ。それが記事になっているということは警察が公表したということです。公表したということは(警察が犯人を)捕まえる目星がついてた。それで(警察は逮捕して)「こういう事件があったけれども、俺たちは捕まえたぜ」と言いたい。
中川:それがつまり抑止力的な「見せしめ」ですよね。
勝谷:そう。(報道されているものよりも)もっと何百倍もこういうこと(=殺害予告)はされているだろうし。(話題になっている事件は)記者クラブに飼われている大マスコミが(警察発表に)乗ってそのまま書かされているっていうことだよ。
八幡:私もブログのコメントに「氏ね」とか書かれることもありますけど(事件化はされていない)。そういうところまで警察が管理するとなると、また別の問題になってしまうと思うんですよ。
勝谷:大変な手間にもなってしまうからね。
八幡:今は一応のセオリーとして場所と時間が特定される殺害予告が事件になるみたいですけど、実際にそういう予告があったとしても、私はよくある誹謗中傷のひとつでしかないと思うんで、それも事件にする必要があるのかとも思いますね。やっぱり(事件化するのは)警察側の思惑があるってことなんでしょうね。
勝谷:あと面白いのは、アグネス・チャンとか殺害予告が来るのは、みんな左巻きの人なんですよ。つまり「私は被害者よ」って言いたい人たちなんです。それがなぜか俺には「殺すぞ!」って言ってこないんだよ。もしも(殺害予告が)俺のところに来ても、新聞はたぶん記事にしない。結局、弱い左翼の人たちがこんなにいじめられているんだよ…っていうのが記事になるわけだ。
協力■Ebisu言の葉