そこで初めて中国本国の工作機関が動き出す。一口にスパイといっても中国には、国務院系の「国家安全部」や軍系統の「人民解放軍総参謀部第二部」、宗教や党外組織への工作を担う「統一戦線工作部」などの組織がある。
とりわけ国家安全部は、膨大な数の中国人企業関係者や研究者、留学生を使い、情報をパーツごとに収集・分析することに長けているという。情報そのものが活用されることもあれば、長期的な諜報計画に役立てられることもある。
別の公安関係者が語る。
「国家安全部は、将来的に活用できそうな留学生に接触してリクルートを繰り返す。お小遣い程度の協力費で釣る場合もあれば、渡航許可を取り消すといったような威圧を加えて協力を仰ぐ場合もある。
何度かの接触を経て、愛国心に問題なしと判断すると、指令があるまで潜入しているよう命令する。そして就職や(教授などへの)昇進でエージェントが機密情報にタッチできる立場になった際に、その情報を流出させるよう、指令を下します」
こうしたスパイは、公安当局の俗語で「沈底魚」と呼ばれている。2000年代初頭、米国では核開発を扱う研究機関に中国の“沈底魚”が潜伏していた疑いが持ち上がり、国防関係者を震撼させたこともある。
留学生が諜報活動に携わることの入り口は、中国大使館の教育部が担っている。昨今、日本の公安当局も教育部を監視対象にしている。それには契機があった。
2012年、駐日中国大使館の李春光一等書記官が農林水産省幹部や政治家に接触し、中国国有企業を日本の事業に参画させるよう、活動していた実態が明らかになった。捜査の過程で、李春光とともに活動した元大使館職員の存在があったことも判明したという。
「男は、日本国内の諜報員を運用する“スパイマスター”だった。彼が大使館勤務時代、教育部に所属していたことから改めて諜報活動と教育部の関係性に注目が集まりました」(外事警察関係者)
※SAPIO2015年12月号