開票速報で次々と当確が打たれる中、民進党本部前の熱狂は頂点に達していた。国際記者会見を終えた蔡英文女史が支持者たちの前に現われたのは、午後9時を大きくまわってからである。
「皆さん、今日、私たちは世界に台湾の自由と民主を示しました!」
ステージに上がった蔡女史が、数百メートル先の林森北路の交差点まで埋め尽くした万単位の支持者に語りかけると、紙吹雪と大歓声が巻き起こった。蔡女史の声は、とっくに掠れている。
「私はこれまでの皆さんの涙を笑顔に変えてみせます。私は皆さんと一緒に歩んでいけることを誇りに思います。自信を持って、そして謙虚に、常に努力していきます。皆さん、今日はいいです。皆で祝いましょう。でも明日、太陽が昇ったら、私は責任を持って改革をスタートさせます。皆さんと共に」
群衆の歓呼の中で、この勝利宣言を聞いて、涙ぐむ女性もいた。
「新しい未来、新しい台湾」
「ありがとう台湾人、ありがとう台湾人」
オーロラビジョンには、そんな特大の文字が映し出されていた。凄まじいうねりのような大勝利だった。
だが、蔡英文新総統を待ち受けるのは、“茨の道”である。
輸出総額のおよそ4割を対中国が占め、また、年間400万人に及ぶ中国人観光客など、台湾経済は中国に支えられている。民進党政権発足で、中国の露骨な嫌がらせは、まず「ここから」始まるだろう。中国は、すでに台湾の独立を念頭に置き、それを武力で阻止するための「反国家分裂法」を2005年に成立させている。言いかえれば、失言や失策を待って、虎視眈々と武力侵攻の機会を窺っているのだ。
果たして、新総統は台湾をどう守っていくのだろうか。また、自由と民主の国・日本は一体、台湾をどう支援していくのだろうか。日、米、台「3国」の緊密にして強固な連携なくしては、「力による現状変更」を続ける中国から、台湾と東アジアの平和を守ることはできない。
蔡英文女史の行く手に待つ茨の道は、私たち日本人が踏みしめなければならない道でもある。
◆門田隆将(かどた・りゅうしょう)/1958年、高知県生まれ。著書に『狼の牙を折れ』(小学館)、『慟哭の海峡』(角川書店)など。『この命、義に捧ぐ』(角川文庫)で山本七平賞受賞。最新刊は『日本、遥かなり』(PHP研究所)
撮影■Katsu
※週刊ポスト2016年2月5日号