欧州・北米にまで拡大する「イスラム国」(IS)の脅威。中東・イスラム世界の研究者として知られる山内昌之・明治大学特任教授は、この新たな動きに対して米欧の価値観を押しつけるだけでは解決の道は見えてこないと指摘し、中東情勢を解く場合に基礎となる条件と特徴をあげる。
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中東の中心的な懸案はこれまで、パレスチナ問題をめぐるイスラエルとアラブとの紛争であり、イランの核開発問題であったが、これらはISの台頭によって後景に退いた感もある。というのも、シリアとイラクにまたがる領域を越えて、ISの戦域が中東から欧州、ひいては北米までテロという形で拡大しているからだ。
ISは、米欧やロシアから攻撃を受けるシリアだけを戦域や戦線と考えるのではなく、米欧やアフリカやロシアにまで自ら積極的に戦域を拡大しようとしているかにも見える。これは、もはやテロや暴力の範囲を越えてポストモダン型戦争の領域に入ったといえるだろう。
第二に、モダンの政治原理が生んだ多数の国家が中東を中心に崩壊あるいは破綻している現実がある。国家の崩壊は、市民生活と社会秩序の保全、各種のグローバル・システムにとって最悪の政治現象である。国民国家の枠はクリミアからウクライナ、アフガニスタンやリビアからシリア、イエメンに至るまで崩壊しかけており、イラクも破綻国家に近づいている。アフリカでも多くの国が溶解したか、破綻しつつある。
欧米やロシアの戦争や軍事干渉に加えて、それに対抗する内戦やテロの蔓延が国家の解体や破綻を促進したのだ。これは、ロシアと米欧の対峙で進行中の第二次冷戦と、中東から生じているポストモダン型戦争を結合させてグローバルな複合危機に発展する危険性がある。
しかも、アラブ各国の弱体化によって、アラブ圏やアラビア半島に対する域外からの干渉と影響力が強まっている。非アラブのイランとトルコは、これらの地域と民族を支配した帝国の記憶を政策の基礎にしており、アケメネス朝帝国(古代ペルシア帝国の王朝)に遡る歴史をもちシーア派の総本山たるイランと、スンナ派のカリフを戴いたオスマン帝国の継承者たるトルコとの争いも激しい。
かれらの膨張主義的野望は、ロシアと手を組むイランの方が、ロシア機撃墜でプーチンとの敵対に追い込まれたエルドアンのトルコよりも成功している。シーア派国際革命の拡大が複合危機を促進する可能性はこれからの懸念材料である。