私はキリスト教徒ではなく、日本神話も信じていないけれど、通常、西暦を使用している。それは通歴計算に便利だという「利便性」の一点である。皇紀を使わないのは、通歴計算に便利だとはいえ、欧米の歴史と比較する利便性がないからである。
これは英語学習と同じである。事実として経済的にも外交的にもアメリカが覇者であるから、英語が優勢言語であり、その学習が奨励されるのであって、英語が「正しい言語」だからではない。あくまでも利便性の故である。西暦も同じく「正しい紀元法」であるはずがなく、キリスト教文化圏が優勢である以上、利便性が高いからにすぎない。むしろ「無遠慮」なのは、西暦の方であり、それを奨励する方なのだ。
世界中には、西暦を使用しない国も多い。東南アジアには仏暦を使用する国々があるしイスラム国ではイスラム暦が使われている。
21世紀に入って、イスラム勢力の「反攻」が目立つ。万一彼らが勝利して、イスラムの世界制覇が実現したら、天声人語はそれでも「無遠慮」にキリスト教暦を奨励するのだろうか。私は利便性の前に膝を屈し、涙を飲んでイスラム暦を使うつもりである。
●くれ・ともふさ/1946年生まれ。京都精華大学マンガ学部客員教授、日本マンガ学会理事。著書に『バカにつける薬』など。
※週刊ポスト2016年2月12日号