ライフ

『風と木の詩』の竹宮惠子 萩尾望都への嫉妬に苦しんだ日々

 ベテラン漫画家の竹宮惠子氏の自叙伝『少年の名はジルベール』(小学館)が大きな話題になっている。『風と木の詩』に影響を受けた読者も多いだろう。フリーライターの神田憲行氏が紹介する。

 * * *
 表紙のタイトルとこの絵にぞわっと総毛立つ想いを抱かれた読者もいるに違いない。竹宮惠子の代表作『風と木の詩』の主人公である。舞台は19世紀後半のフランスの男子寄宿舎。生徒のジルベールはそこで「男娼」のような存在だ。ジルベールは同じ生徒だけでなく、校長もその悪魔的な魅力で虜にしている。そこへジプシーの血を引く褐色の肌のセルジュが転校してくる。正義漢の塊のようなセルジュとジルベールは同部屋になり、互いに反発しながらも惹かれていくようになる……。

 1976年2月から『週刊少女コミック』に連載が始まったこの漫画は、竹宮のいう「少女漫画の革命」的存在だった。私も中学生か高校生くらいのときに、姉が買ってきた単行本を読んだ。ジルベールがキスをした相手の同級生に「カレースープの味がする」と嫌みをいうシーンに、まだそんな経験がないにもかかわらず、ゾクッとした。

 現在は「BL」と呼ばれる少年愛の世界を描いた作品だが、当時はそういうものへの理解者は少なく、作者が想を得てから公になるまで7年かかった。

 本書は現在は京都精華大学で教鞭を執る著者が、『風と木』を発表する前の青春時代に重点を置いた自叙伝である。とある夜、竹宮がミレーの「ダフニスとクロエ」のポスターを見つめていて、

《「これ……これは何なのかな。……すごく自分とぴったりくる!」/「このキャラクター、今まで描いたこともない顔なのに、自分のキャラって気がする」/「少年の名はジルベール。絶対に、それ以外じゃない」》

 と『風と木』の着想を得ていく描写は感動的だ。

『風と木』が生まれるまでを背景に、竹宮の周辺にいる豊かなキャラクターが物語の旋律をなしていく。竹宮の育ての親であり大喧嘩もする編集者Y、竹宮に大きな影響を与え仕事のパートナーともなった増田法恵、そして同時代のスター漫画家のひとり萩尾望都だ。竹宮と萩尾はアパートで同居生活を送り、そこは漫画家やファンも出入りする「大泉サロン」と呼ばれたという。

 だが竹宮は、やがて萩尾にジェラシーと羨望が入り交じった感情を抱くようになる。毎週、週刊誌の締切に終われ、『風と木』の発表の機会を得られぬまま敗北感を持つ竹宮。月刊誌の「たとえ何ページであっても作品は毎月載せる」という編集部の庇護のもと、悠々と自分の世界観を構築していく萩尾。

 あるとき、竹宮は萩尾の作品を読んでいてひとつの描写を発見する。

《重なる木々の間を少女が歩く。そんなシーンを読みながら、あっ、と気づいた。/折り重なる枝の葉にその形を伝えるラインがなかった。縦の斜線のみで描かれている。/葉を示す輪郭線がない。輪郭がないままに葉が描かれていて、その葉の集合体が、茂みのように見える。さらにその茂みに見える葉の集合が絵の奥のほうに向かうにつれて輪郭がぼやけ、遠近を感じる深い森になっている。/本当に緑の深いところにいるのだなとわかるような背景を描く。深呼吸したくなるような緑の空間。そこに流れる風さえも感じることができた。/圧倒された》

 ストーリーだけ追っていけば《ほんの1秒で》読み飛ばしてしまうそのコマに、竹宮も才能があるがゆえにその新しさ、凄さに気づいてしまうのである。のちに他の漫画家たちが萩尾の「縦の斜線」を真似るようになる。極めつけは一条ゆかりからの電話を竹宮が受けたことだ。

関連記事

トピックス

六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)と稲川会の内堀和也会長
六代目山口組が住吉会最高幹部との盃を「突然中止」か…暴力団や警察関係者に緊張が走った竹内照明若頭の不可解な「2度の稲川会電撃訪問」
NEWSポストセブン
浅香光代さんと内縁の夫・世志凡太氏
《訃報》コメディアン・世志凡太さん逝去、音楽プロデューサーとして「フィンガー5」を世に送り出し…直近で明かしていた現在の生活「周囲は“浅香光代さんの夫”と認識しています」
NEWSポストセブン
警視庁赤坂署に入る大津陽一郎容疑者(共同通信)
《赤坂・ライブハウス刺傷で現役自衛官逮捕》「妻子を隠して被害女性と“不倫”」「別れたがトラブルない」“チャリ20キロ爆走男” 大津陽一郎容疑者の呆れた供述とあまりに高い計画性
NEWSポストセブン
無銭飲食を繰り返したとして逮捕された台湾出身のインフルエンサーペイ・チャン(34)(Instagramより)
《支払いの代わりに性的サービスを提案》米・美しすぎる台湾出身の“食い逃げ犯”、高級店で無銭飲食を繰り返す 「美食家インフルエンサー」の“手口”【1か月で5回の逮捕】
NEWSポストセブン
温泉モデルとして混浴温泉を推しているしずかちゃん(左はイメージ/Getty Images)
「自然の一部になれる」温泉モデル・しずかちゃんが“混浴温泉”を残すべく活動を続ける理由「最初はカップルや夫婦で行くことをオススメします」
NEWSポストセブン
宮城県栗原市でクマと戦い生き残った秋田犬「テツ」(左の写真はサンプルです)
《熊と戦った秋田犬の壮絶な闘い》「愛犬が背中からダラダラと流血…」飼い主が語る緊迫の瞬間「扉を開けるとクマが1秒でこちらに飛びかかってきた」
NEWSポストセブン
高市早苗総理の”台湾有事発言”をめぐり、日中関係が冷え込んでいる(時事通信フォト)
【中国人観光客減少への本音】「高市さんはもう少し言い方を考えて」vs.「正直このまま来なくていい」消えた訪日客に浅草の人々が賛否、着物レンタル業者は“売上2〜3割減”見込みも
NEWSポストセブン
全米の注目を集めたドジャース・山本由伸と、愛犬のカルロス(左/時事通信フォト、右/Instagramより)
《ハイブラ好きとのギャップ》山本由伸の母・由美さん思いな素顔…愛犬・カルロスを「シェルターで一緒に購入」 大阪時代は2人で庶民派焼肉へ…「イライラしている姿を見たことがない “純粋”な人柄とは
NEWSポストセブン
真美子さんの帰国予定は(時事通信フォト)
《年末か来春か…大谷翔平の帰国タイミング予測》真美子さんを日本で待つ「大切な存在」、WBCで久々の帰省の可能性も 
NEWSポストセブン
シェントーン寺院を訪問された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月21日、撮影/横田紋子)
《ラオスご訪問で“お似合い”と絶賛の声》「すてきで何回もみちゃう」愛子さま、メンズライクなパンツスーツから一転 “定番色”ピンクの民族衣装をお召しに
NEWSポストセブン
インドネシア人のレインハルト・シナガ受刑者(グレーター・マンチェスター警察HPより)
「2年間で136人の被害者」「犯行中の映像が3TB押収」イギリス史上最悪の“レイプ犯”、 地獄の刑務所生活で暴力に遭い「本国送還」求める【殺人以外で異例の“終身刑”】
NEWSポストセブン
“マエケン”こと前田健太投手(Instagramより)
“関東球団は諦めた”去就が注目される前田健太投手が“心変わり”か…元女子アナ妻との「家族愛」と「活躍の機会」の狭間で
NEWSポストセブン