やがて彼女が15歳となった1943年、無理やり慰安婦にされた。慰安所では朝鮮人や中国人ら十数人の女性が「性奴隷」にされていたという。
雷氏が過去を語ったのは、逝去前年の2006年。ちなみに当時の新華社の報道によれば、彼女は9歳の頃から村で複数の日本兵による5度の蹂躙を受けたとされるが、なぜか唐氏はこの衝撃的な話について一切言及しなかった。
もっともこんな証言もある。
「日本兵には良い人間もいたと言っていました。一番印象が悪かったのは朝鮮人の軍属で、彼女の目の前で捕虜を殺害するなど目に余る振る舞いが多かったそうです」(唐氏)
後述のように、現在の習政権は歴史問題の分野で韓国との共闘を志向している。そんな「同盟国」への不都合な証言が出る点から考えると、彼女の回想には何がしかの真実が含まれているのだろう。
「当時、多くの新聞やCCTV(中国国営放送)の取材を受けましたが、お金はもらっていません。村の付近には6人の元慰安婦がいましたが、すべて故人です。他の遺族との交流もありません」(唐氏)
唐氏の暮らし向きを観察するに、こちらも事実だろう。ちなみに彼の養母の経歴は、件の陳列館で顔写真とともに大々的に紹介されているが、やはり金銭的な見返りはないそうである。
「現在の中国でも、過去の慰安婦と同様に貧しい家庭の少女が売春施設に売られたり、地元政府関係者や教師に性的暴行を受ける事例が後を絶ちません。こちらの人権問題はどう思いますか?」
取材後、活動家の梁氏に再び尋ねてみると、やはり彼は「それらは別の問題だ」と語るのみで口をつぐんだ。
【プロフィール】安田峰俊(やすだみねとし):1982年、滋賀県生まれ。立命館大学文学部(東洋史学)卒業後、広島大学大学院文学研究科修士課程修了。在学中、中国広東省の深セン大学に交換留学。主な著書に『知中論』『境界の民』など。公式ツイッターアカウントは「@YSD0118」。
※SAPIO2016年3月号