視界を遮る無機質なコンクリートの壁が、海岸線を這うように延びる。震災から5年、沿岸を覆い尽くす巨大防潮堤は、被災地の日常風景になった。
だが、宮城県気仙沼市の海岸に立つと一風変わった光景が広がる。壁のようにそびえる高さ7.2mの防潮堤に約50m間隔で横長の穴が開き、透明のアクリル板がはめ込まれている(写真参照)。
「建設の計画段階で町民から要望がありました。津波警報が出て防潮堤の出入り口を塞ぐとき、人が取り残されていないか確認ができるようにしてほしいという理由です。このような設計でも強度に問題はありません」(宮城県気仙沼土木事務所)
あたかも海を覗き込むための窓のようだが、同県釜石港にも同様の防潮堤がある。ただし、こちらは人の背丈ほどある大きな窓。しかも、隣接して建つホテルの正面の窓だけ横幅が広い。海が見えなくなるほど高い防潮堤の建設に反対していたホテル側からの、せめて少しでも海が見えるようにしてほしいという要望を受け入れた結果という。だが、アクリルの窓は薄く、紫外線で劣化するのではという指摘もある。
震災発生の4か月後、2011年7月に始まった防潮堤整備計画。被災地3県で総延長400km、東京から名古屋に相当する距離の海岸をコンクリートで守るという総工費1兆円の巨大プロジェクトは、10年の期間をかけて平成32年度末の完了を目指す。だが、5年が経過した今年1月時点の進捗状況は、建造中が57%で未着工21%、完成は19%に留まる。
「地元との調整はすでに97%完了しているので、これからは粛々と復興計画を進めていくだけです」(国土交通省水管理・国土保全局)
被災地を歩けば、「海が見えなくなった」「高台に移転するのに何を守るというのか」という声を耳にする。そんな住民の戸惑いをよそに、巨大な壁は次々とそそり立っていく──。
撮影■太田真三
※週刊ポスト2016年3月18日号