知床半島でヒグマが大量出没(時事通信フォト)
北海道や東北でクマによる人身被害が相次いでいる。世界でも稀なヒグマの高密集地帯である知床半島では、2023年に過去最多の185頭が捕殺された。対応にあたった現地レンジャーをノンフィクションライターの中村計氏が取材した。(文中敬称略)
解体場の作業が追いつかない
“地獄絵図”という表現は、決して大げさではなかった。
「クマの解体場があるんですけど、そこに5頭くらいクマが転がっていることもありました。解体中、市街地で撃たれたクマがまた来て、解体が追いつかないんです。親子だと一度に2、3頭くらい運ばれてくるので」
2023年、世界遺産の知床半島でヒグマの大量出没と格闘した複数のスタッフの内の一人の言葉である。
捕獲したクマは原則、焼却処分にする。しかし、その際、小さな焼却炉に入れられるよう解体する必要があったのだ。
クマを即死させるには胸より上をねらうのがセオリーだ。心臓や肺だと生命力の強いクマはすぐには死なず、撃たれてもまだ何十メートルも走ることができる。手負いのまま背の高い草むらの中に逃げ込まれると、深追いは危険なため確認作業が翌日になることもある。そうすると別の問題が発生した。前出の現場経験者は顔をしかめる。
「クマの腐敗臭って、すごいんです。私たちは普段、海岸に打ち上げられたクジラやトドの死体も小さく切り刻んで処分しています。クマが居着いてしまうと困るので。海獣類の腐敗臭に慣れている私たちでもクマの腐敗臭には『うっ』ってなる。臭いが体について、なかなか取れないんです」
2023年は全国的にクマが大量出没した。北海道では1年で1804頭ものヒグマを駆除している。この数字は前年の1.9倍に当たり、過去最多を大幅に更新した。
その年、知床半島では185頭のヒグマが捕殺された。全道の約10分の1に相当する。知床半島は斜里町、羅臼町、標津町の3町からなる。北海道の全市町村数は179なので、割合的に知床の数字がいかに突出しているかがわかる。斜里町の対応に当たったスタッフの証言だ。
「通年だと、まずいなという市街地出没は10件あるかないか。でも、この年は日の出とともにクマが市街地に入ってきて、駆除したと思ったらまたくるという……。順番待ちしているかのように次から次へと入ってくる。多いときだと、同時に5、6頭くらい電気柵に囲まれた市街地エリアに留まっていて。クマ担当ではない人の手まで借りなければならない状態でした。大きな事故が起きなかったのは奇跡ですよ」