◆あくまで主役は生徒と警察学校
「冷酷な鬼教官は酷いことをして当然という先入観が、幾らでも反転し得るのも警察学校小説で、前作では狂気すら漂わせた風間が、今回はやけにイイ人に見えたりもします(笑い)。最近は警察学校でも体罰は禁止で、本書でも生徒同士に頬を張らせる程度しか暴力は書いていない。ただし僕は『それも時代の流れかなあ』と思うだけで、生徒に応じて引き出される風間のいろんな面さえ書ければ、小説的には十分でした」
その点、第5話「机上」が面白い。捜査一課に憧れ、現場経験に逸る〈仁志川鴻〉は、ある時、殺人事件の模擬捜査を提案する。風間は〈卵を見て時夜を求む〉と諫める一方、意外にも彼の案を採用し、人形を死体に見立てた特別授業を課す。
「今は『踊る大捜査線』などに憧れて、わざわざノンキャリで入り直す元キャリアも実際いるらしい。でも警察の仕事は憧れだけじゃ続かないだろうし、その理想と現実のギャップは学校側にとっても結構頭の痛い問題だと思います」
特別授業では遺留品の腕時計やライターなどから被害者と犯人の人物像を推理する。期限は5日。風間は〈刑事になれないことを悲観した交番巡査が拳銃で自殺する。そんな事例が全国で何度か起きている〉〈死ぬなよ〉と嫌味を言うが、彼の目的は別にあった……。
元捜査一課の敏腕刑事という以外、総白髪や義眼のワケも依然謎のまま。実は長岡氏は風間の現役時代を「刑事指導官・風間公親」と題して執筆中でもある。
「たぶんこのスピンオフで、僕自身手探りの彼の正体や前歴は明らかになると思う。ただしあくまで主役は生徒であり、警察学校ですけど」
そこではふとしたミスや出来心も処罰の対象となり、備品の紛失程度であっても風間が必ず犯人を追いつめ、最後通牒を突き付けた。
「どんな理不尽にも従う忍耐力が試されるのが警察学校で、世間ではナアナアで済まされることも、一切見逃してくれない。取材で印象に残ったのが校内の至る所にある鏡で、自分の姿を常に確認させられる窮屈な組織で働くだけで、尊敬に値すると思う」
風間が資質をどう見極め、その生徒を救うかどうかも、「プロット次第」だと長岡氏はいう。
「退学が結果的には当人のためになる場合もあるだろうし、これは小説ですから」
ということは風間がいつまた牙を剥いてもおかしくはない。局面次第でいかようにも映る〈怪物〉の今後と前歴に、興味は尽きない。
【プロフィール】ながおか・ひろき:1969年山形市生まれ。筑波大学第一学群社会学類卒。2003年「真夏の車輪」で小説推理新人賞を受賞しデビュー。2008年「傍聞き」で日本推理作家協会賞短編部門、同文庫は「本の雑誌おすすめ文庫王国2012」ミステリ部門第1位に。2013年刊行の『教場』は週刊文春ミステリーベスト10国内部門1位、「このミステリーがすごい!」2位、本屋大賞6位に輝き、現在累計36万部。他に『線の波紋』『陽だまりの偽り』『群青のタンデム』等。175cm、68kg、B型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2016年3月25日・4月1日号