ライフ

デビュー10年万城目学氏 「今後は深い霧に突っ込むのでは」

デビュー10周年を迎えた万城目学氏

【著者に訊け】万城目学氏/『バベル九朔』/KADOKAWA/1728円

 第1章「水道・電気メーター検針、殺鼠剤設置、明細配付」に始まる全10章からなる。テナントビル「バベル九朔」の管理人をしながら作家を目指す27才の九朔の前に、ある日、全身黒ずくめで深い谷間が覗く「カラス女」が現れて問う。「扉は、どこ?」――。

 神話を思わせる不思議な書名は、小説の舞台となる5階建ての雑居ビルの名前だ。主人公同様、万城目さんも、大学を出て勤めた会社を辞め、親類が所有する東京の雑居ビルで小説家をめざして投稿しながら管理人をした時期があるという。

「ほんとは、もう会社を辞めてたんですけど、親類には『東京に転勤になった』と嘘ついて、『そこから通っていいか?』って。引っ越してから、『実はもう会社辞めてん』と打ち明けました。『鴨川ホルモー』でデビューするまでは、発表のあてもない小説を書きながら、ゴミ掃除や電気代や水道代の徴収、ネズミやカラスと戦う管理人業務をしてました。そのあたりは『自伝的』ですね」(万城目さん・以下「」内同)

『とっぴんぱらりの風太郎』から2年半ぶりとなる長編は、もともと7年前に小説雑誌に発表した短編がもとになっている。

「『めぞん一刻』のイメージがありまして。アパートの1号室の住人が『一之瀬さん』だったように、ビルの1階は『レコ一』、2階に双見さん、3階は蜜村さん、4階は四条さんにして、管理人とテナントとのどたばた、こぢんまりした雑居ビル物語として1章分を書いたんです」

 5年のブランクがあったが、ぜひあの続きをと編集者に言われ、設定はそのままに、奇想天外な長編小説としてストーリーを考え直した。

「26、7才の青年をどう描くか。5年もたつと、自分の中で小説の描き方も変わっています。『九朔くん(主人公)て、こういう人やったな』と思い出しつつ書いていったので意外に時間がかかりました。ビルから一歩も出ないという制約で、どうやって劇的な展開にするか。手持ちのカードが何もない状態でひねりだしていくのは相当しんどかったですね」

「バベルなのに5階建て、という一発ギャグ」だったはずのビルの名前は、祖父の秘密に深くかかわり、その後の展開にも大きな意味をなしてくる。知らず知らず、「ど真ん中のタイトル」をつけていたことは、自分でも不思議に思ったそうだ。

「縦糸と横糸を組み合わせて話をつくるのがくせなんです。今回は横糸が小説家をめざす若者の、夢やあきらめの話なので、縦糸として祖父からつながるファミリーヒストリーを入れたくなりました」

 2月で40才に。作家生活も10周年、心境の変化はあるだろうか。

「この程度の人間やったんかな、とわかってきた(笑い)。ほとんど休まずに書いて9作、『もうちょっとできたん違うかな』って思う。ただ今回、霧で前が全く見えないなかでもなんとか書けたので、今後はどんどん深い霧に突っ込む方向に行くんじゃないかと。しんどいですけどね」

(取材・文/佐久間文子)

撮影■政川慎治

※女性セブン2016年4月14日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

寄り添って歩く小室さん夫妻(2025年5月)
《ベビー服は男の子のものでは?》眞子さん、夫・小室圭さんと貫く“極秘育児”  母・佳代さんの「ラブコール」も届かず…帰国が実現しない可能性も
NEWSポストセブン
吉沢亮演じる喜久雄と横浜流星演じる俊介が剣幕な表情で向かい合うシーンも…(インスタグラムより)
“憑依型俳優”吉沢亮主演の映画『国宝』が大ヒット、噂される新たな「オファー」とは《乗り越えた泥酔事件》
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサーであるボニー・ブルー(本人のインスタグラムより)
“半日で1000人以上と関係を持った”美女インフルエンサー(26)がイギリスの公共放送で番組出演「口をすぼめて、吸う」過激ビジュアル
NEWSポストセブン
映画『国宝』で梨園の妻を演じた寺島しのぶ(52)
《無言の再投稿》寺島しのぶ、SNSで2回シェアした「画像」に込められた歌舞伎役者である息子・尾上眞秀への“覚悟”
NEWSポストセブン
元横綱・白鵬の宮城野親方に相撲協会はどう動くか(八角理事長/時事通信フォト)
八角理事長体制の相撲協会に「70歳定年制」導入の動き 年寄名跡は「105」しかないため人件費増にはならない特殊事情 一方で現役力士が協会に残ることが困難になる懸念も
NEWSポストセブン
「池田温泉旅館 たち川」の部屋風呂に「温泉偽装疑惑」。左はHPより(現在は削除済み)、右は従業員提供
「水道水にカップ5杯の重曹を入れてグルグル…」岐阜県・池田温泉「高級旅館」の部屋風呂に“温泉偽装”疑惑 ヌルヌルと評判のお湯の真実は…“夜逃げ”オーナーは直撃に「誰からのリークなの? それ」
NEWSポストセブン
これまでジャズ歌手などとしても活動してきた参政党・さや氏(写真/共同通信社)
参政党・さや氏、歌手時代のトラブル証言 ジャズバーのママが「カチンときて縁を切っちゃいました」、さや氏は「そうした事実はない」…真っ向食い違う言い分
週刊ポスト
もうすぐ双子のママになる。Numero.jpより。
Photos:Mika Ninagawa
中川翔子3年にわたる不妊治療と2度の流産を経験 。 双子の男の子のママになる妊婦姿を披露して話題に
NEWSポストセブン
趣里と父親である水谷豊
《女優・趣里の現在》パートナー・三山凌輝のトラブルで「活動セーブ」も…突破口となる“初の父娘共演”映画は来年公開へ
NEWSポストセブン
岐阜の「池田温泉旅館 たち川」が突然の閉鎖、事業者が夜逃げした(左は旅館のInstagramより)
【スクープ】岐阜県の名所・池田温泉の人気旅館が突然の閉鎖 町が運営委託した事業者が“夜逃げ”していた! 町長からは228万円の督促状、従業員が告発する「オーナーの計画」 給料も未払いに
NEWSポストセブン
中村七之助の熱愛が発覚
《元人気芸妓とゴールイン》中村七之助、“結婚しない”宣言のルーツに「ケンカで肋骨にヒビ」「1日に何度もキス」全力で愛し合う両親の姿
NEWSポストセブン
大谷が購入したハワイの別荘の広告が消えた(共同通信)
【スクープ】大谷翔平「25億円ハワイ別荘」HPから本人が消えた! 今年夏完成予定の工期は大幅な遅れ…今年1月には「真美子さん写真流出騒動」も
NEWSポストセブン