部下がメディアに露出することも極端に好まない。いくつものツテをたどって、どうにか中堅幹部の一人に会うことができた。台北市のカフェで待ち合わせたが、会う前の電話では「いつ会長(郭台銘)から呼び出されるか分からないので、会えるかどうかも直前まで分からない」「連絡は個人のメールアドレスに」と繰り返した。
この中堅幹部は台湾出身だが、専門を買われて米国企業からヘッドハントされてホンハイに移った。入社前、郭台銘にこう念を押されたという。
「我が社で給料に期待するな。仕事の価値は、お前の努力で決まる」
実際、給料のベースは米国企業よりも低かった。しかし、プロジェクトで成果を上げると年末にかなりの現物の会社株式がもらえた。平均すれば、収入は米国企業時代の10倍になった。
「会長の指示や呼び出しに備えて24時間スタンバイです。しかし、自分の仕事が結果に結びつき、世界を変えることもある。やりがいはありますが、適応できない人は去るだけです」
弱肉強食のルールが社内では徹底されている。一方で、自分の好き嫌いで社員を評価することもない。「顧客の満足」こそが郭台銘の評価基準だという。
「顧客に喜ばれる結果を出すこと。それが、会長が我々を評価する唯一の基準です。その点ではフェアな方だと信頼できます」
中堅幹部は、自分に言い聞かすように、語った。
社内には、こうした郭台銘の個性にマッチした人物は私生活まで徹底的に面倒をみられて可愛がられる。台湾社会には、疑似ヤクザ的な「義兄弟」の関係をつくる傾向があるが、郭台銘を「大哥(ダーガー・意味は「アニキ」)」と呼んで慕う社員も少なからずいる、という。冷徹さと義理人情が同居する人間なのである。
●のじま・つよし/1968年生まれ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。1992年朝日新聞社に入社。シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月よりフリーに。主な著書に『ふたつの故宮博物院』『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』など。
※SAPIO2016年5月号