◆今の政府に愛情があるとは思えない
突破口は、地元歴史家が、羅漢という冊封使と絶世の美女〈オキタキ〉の悲恋の伝説を聞き書きした私家版『琉球の王妃たち』だった。実はこの羅漢こそ、日中の命運を分ける書物を残した張本人で、学者も知らない史実が市井の研究者に発掘される辺り、実にリアルだ。
「私家版って意外と馬鹿にできないし、私は日中米を手玉に取りうる『羅漢』を、沖縄独立に使おうと考えた。すると唯一実現しそうなのが、沖縄に一触即発の危機を招き、日中米の選択肢を狭めておいて資源や基地を分配する、この方法でした」
県民の怒りは当の米兵より、被害者を貶めて事件を〈B級化〉した県警に注がれ、〈これ以上、ヤマトの犠牲になるのは御免さあ〉と口々に囁く。そんな中、県警本部長や在沖米軍司令官までが何者かに射殺され、政府は自衛隊に治安出動を要請。一方〈安里徹〉知事は50%強が独立を支持した県民投票を受けて治安部隊の即時退去を要求し、取材に忙殺される傍ら阿久津と接触した秋奈は姉の任務が『羅漢』奪還にあり、これを1億ドルで日本に売りつけた台湾人〈冽丹〉も何者かに殺害されたことを知る。
ほどなく安里は宜野湾を望む万座毛で独立を宣言。が、謎の武装集団に拉致され、集会が大混乱に陥る中、沖縄に左遷同然に赴任した堀口の意外な果敢さがいい。彼も秋奈も内地出身だが、彼らが〈そりゃないだろう〉と怒るほど、政府の対応は沖縄を愚弄していたのだ。
「少なくとも私は今の政府に愛情があるとは思えないし、沖縄が本気で怒ったら国際社会も元々独立国だった沖縄に味方する可能性はある。アメリカも嘉手納さえ残るなら中国とは衝突を避けて手を打つだろうし、日本だけが蚊帳の外です」
2010年に壊滅された真栄原社交街や、羅漢たちが密かに愛を交わした洞穴、オキタキが男たちに囁く〈あなたが王になる。この琉球の王に〉という言葉は妖気すら醸す。そして『羅漢』とは琉球の興亡から〈南京大虐殺〉まで、流血の歴史を吸った魔書でもあった。
「本書で最も書きたかったのが〈歴史は、怖いものよ〉というオキタキの言葉で、南京大虐殺も魔性の裏付けとしてあえて具体的に描写した。ひとたび戦争になれば夥しい血を流してきたのが人間ですし、過去と正対し、未来に生かさなければ、歴史からいつ復讐されてもおかしくありませんから」
巧妙に配された虚と実も、手に汗握る展開も、全ては目的のため。確かにこういう本こそ、面白い本と呼びたい。
【プロフィール】青木俊(あおき・しゅん):1958年生まれ、横浜出身。上智大学卒。1982年テレビ東京入社。報道局、香港支局長、北京支局長等を経て2013年に退社。「小説は40代から書いてはいたんですが、本気なら定年を待っちゃダメだと55歳で早期退職しました」。本作は初著書。「最も苦労したのはキャラクター造形ですね。濡れ場も読者サービスのつもりで頑張って書いていたら、担当の女性編集者に『サービス? ニコッ』てな感じで大幅に削られました(笑い)」。171cm、68kg。O型。
(構成/橋本紀子 撮影/国府田利光)
※週刊ポスト2016年4月15日号