喜劇役者として人気を博し出演映画は250本超、1966年の初演から1986年まで主演したミュージカル『屋根の上のバイオリン弾き』日本版は上演回数が900回を超えた国民的俳優の故・森繁久彌。多くの役者に影響を与えた故人が遺した言葉から、映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』からお届けする。
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本連載でベテラン俳優にインタビューさせていただく際、「薫陶を受けた・影響を与えられた先輩俳優」についてうかがうことにしている。それに対し、多くの人たちが名前を挙げるのが森繁久彌である。彼の軽妙でありながら人の心を揺さぶる演技は、観る側だけでなく、プロの役者たちもうならせてきた。
では、森繁は「演技をする」ということについて実際にはどのような考えを持っていたのだろうか。エッセイ集『品格と色気と哀愁と』(朝日文庫)には、「私はうら若い青年たちを集めて芝居のコツを教えるつもりだった」という一行から始まる、若手俳優たちとの興味深いやりとりが記されている。
たとえば、「君はセリフをどこで覚えるんだい」という森繁の質問に対し「頭」と答えた若手に、絶妙な返しをしている。
「頭……か、当たり前の話だねえ、うん、それで分かった。君はアップしか撮れないね」「頭で覚えるんだから」
そして、こう続けている。
「本当は、一回飲み込んでみたらどうだ」
「へそまで撮れるんだ」
「いいかい。出来れば消化してウンチと一緒に出してしまうんだよ」
「そうすると、全身のどの部分でも立派な芝居をしている」
さらに、森繁の芝居談義は熱を帯びてくる。
「まあ、簡単に言えば、要らないものを引っさげて舞台に出るんじゃない。血肉になったエッセンスをしっかりもってセリフを言う」