森繁はこの「要らないもの」は何なのか──ということについてもハッキリ言及している。

「要らない芝居をアドリブというが、アドリブは私はあまり好きではない」

 森繁と共演の多かった宝田明も本連載で指摘しているところだが、森繁の軽妙かつ自然な芝居の数々は、一見するとアドリブのように思えてしまう。だがそれは全て、本番前から計算され尽くしてきた芝居であった。その場で思いついたアイディア=アドリブは、役者の「血肉」にはなっていない段階の芝居であるため、どうしても一人よがりで、表面的な表現になってしまいがちになる──そうした考えが、森繁の根底にはあった。

 ただ、一方で森繁はこうも言っている。「アドリブはよほどの時に許されるが、それ以外には許されない」と語る森繁に「先生は舞台で時々やりますねえ」と若手が指摘した際のことだ。

「セリフというものはねえ、キャッチボールだからねえ、いいボールを投げるばかりがピッチャーじゃなくて、たまには暴投することも必要だ」

 本人が決して正しいとは思っていない芝居を、あえてする。考えさせられる謎かけだ。なぜそうする必要があるのか。森繁は「急に分からない方がいいな、いま難しい話だから」と突き放し、その答えを示してはいない。

 ただヒントとして、演出家のサミー・ベイスの言葉から引いて、次のように記している。

「感動は本人にあるのではない、感動はその日の本人と観客の間にあるものだ」

●かすが たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』(文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』『市川崑と「犬神家の一族」』(ともに新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。

※週刊ポスト2016年5月20日号

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