スポーツ

アリ対A.猪木 リアルファイト異種格闘技戦実現の経緯

猪木vsアリの一戦(撮影■木村盛綱)

 1976年6月26日、現役世界ヘビー級王者のボクサー、モハメッド・アリ対プロレスラー、アントニオ猪木の対決に日本中が熱狂した。来日直前、「エキジビションファイトを行う」と語っていたアリが、なぜリアルファイトの異種格闘技戦をすることになったのか。ノンフィクションライターの柳澤健氏が、その舞台裏を解き明かす。

 * * *
 1960年ローマ五輪のボクシングライトヘビー級で優勝したカシアス・クレイ、後のモハメッド・アリの武器は、常人を遥かに超える動体視力と反射神経、そしてフットワークだ。

 それらすべてを使ってアリは相手のパンチを軽々と避け続け、フラフラになった相手をKOして世界チャンピオンにまで駆け上った。

 ところがイスラム教に改宗し、モハメッド・アリと名を変えたアリは、ベトナム戦争への徴兵拒否によって王座を剥奪され、ボクシングライセンスを停止されてしまう。3年7カ月後に復帰したアリは、かつての華麗なるフットワークを失っていた。

 だからこそアリは、至近距離で打ち合うスリリングな試合をせざるを得なかった。ジョー・フレイジャーとの“スリラ・イン・マニラ”やジョージ・フォアマンとの“キンシャサの奇跡”は、アリが衰えたからこそ人々を熱狂させる試合になったのだ。

 34歳になったアリは、もっと楽な試合を望んでいた。

 プロレスラーとのエキジビションマッチをやれば600万ドル(当時のレートで約18億円)もの大金を稼げる。おいしい話に飛びついたアリは、ブラッシー(※)をマネージャーにつけて張り切って来日した。世界一のプロレスを見せてやろう。

【※フレッド・ブラッシー。「吸血鬼」のニックネームで知られるプロレスラー】

 ホテルに落ち着いたアリは、すぐに通訳のケン田島(イギリス生まれのフリーアナウンサー)に今後のスケジュールを尋ねた。

「いつリハーサルをやるんだ?」

 通訳が猪木に確認すると、猪木はこう答えた。

「リハーサルなどやらない。これはリアルファイトだ」

 アリは驚愕した。

 契約書には高額の違約金が設定され、キャンセルすることは不可能だった。アリは自分に騙し討ちを仕掛けた猪木を、リング上で制裁する決意を固めた。ボクシングの現役世界チャンピオンとプロレスラーとリアルファイトの異種格闘技戦は、このような経緯で実現したのだ。

●やなぎさわ・たけし/1960年東京生まれ。文藝春秋に入社し、『週刊文春』『Number』編集部などを経てフリーに。主な著書に『1976年のアントニオ猪木』『1964年のジャイアント馬場』など。近著に『1974年のサマークリスマス』がある。

※週刊ポスト2016年6月24日号

関連キーワード

トピックス

11月24日0時半ごろ、東京都足立区梅島の国道でひき逃げ事故が発生した(右/読者提供)
【足立区11人死傷】「ドーンという音で3メートル吹き飛んだ」“ブレーキ痕なき事故”の生々しい目撃談、28歳被害女性は「とても、とても親切な人だった」と同居人語る
NEWSポストセブン
愛子さま(写真/共同通信社)
《中国とASEAN諸国との関係に楔を打つ第一歩》愛子さま、初の海外公務「ラオス訪問」に秘められていた外交戦略
週刊ポスト
グラビア界の「きれいなお姉さん」として確固たる地位を固めた斉藤里奈
「グラビアに抵抗あり」でも初挑戦で「現場の熱量に驚愕」 元ミスマガ・斉藤里奈が努力でつかんだ「声のお仕事」
NEWSポストセブン
「アスレジャー」の服装でディズニーワールドを訪れた女性が物議に(時事通信フォト、TikTokより)
《米・ディズニーではトラブルに》公共の場で“タイトなレギンス”を普段使いする女性に賛否…“なぜ局部の形が丸見えな服を着るのか” 米セレブを中心にトレンド化する「アスレジャー」とは
NEWSポストセブン
日本体育大学は2026年正月2日・3日に78年連続78回目の箱根駅伝を走る(写真は2025年正月の復路ゴール。撮影/黒石あみ<小学館>)
箱根駅伝「78年連続」本戦出場を決めた日体大の“黄金期”を支えた名ランナー「大塚正美伝説」〈1〉「ちくしょう」と思った8区の区間記録は15年間破られなかった
週刊ポスト
「高市答弁」に関する大新聞の報じ方に疑問の声が噴出(時事通信フォト)
《消された「認定なら武力行使も」の文字》朝日新聞が高市首相答弁報道を“しれっと修正”疑惑 日中問題の火種になっても訂正記事を出さない姿勢に疑問噴出
週刊ポスト
地元コーヒーイベントで伊東市前市長・田久保真紀氏は何をしていたのか(時事通信フォト)
《シークレットゲストとして登場》伊東市前市長・田久保真紀氏、市長選出馬表明直後に地元コーヒーイベントで「田久保まきオリジナルブレンド」を“手売り”の思惑
週刊ポスト
ラオスへの公式訪問を終えた愛子さま(2025年11月、ラオス。撮影/横田紋子)
《愛子さまがラオスを訪問》熱心なご準備の成果が発揮された、国家主席への“とっさの回答” 自然体で飾らぬ姿は現地の人々の感動を呼んだ 
女性セブン
26日午後、香港の高層集合住宅で火災が発生した(時事通信フォト)
《日本のタワマンは大丈夫か?》香港・高層マンション大規模火災で80人超が死亡、住民からあがっていた「タバコの不始末」懸念する声【日本での発生リスクを専門家が解説】
NEWSポストセブン
山上徹也被告(共同通信社)
「金の無心をする時にのみ連絡」「断ると腕にしがみついて…」山上徹也被告の妹が証言した“母へのリアルな感情”と“家庭への絶望”【安倍元首相銃撃事件・公判】
NEWSポストセブン
被害者の女性と”関係のもつれ”があったのか...
《赤坂ライブハウス殺人未遂》「長男としてのプレッシャーもあったのかも」陸上自衛官・大津陽一郎容疑者の “恵まれた生育環境”、不倫が信じられない「家族仲のよさ」
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! 習近平をつけ上がらせた「12人の媚中政治家」ほか
「週刊ポスト」本日発売! 習近平をつけ上がらせた「12人の媚中政治家」ほか
NEWSポストセブン