分不相応といえば、毛沢東の後継者で、党主席や軍事委主席、国家主席や首相まで務めた華国鋒(1921年2月~2008年8月)の死後の待遇はひどい。
華国鋒は、文革で失脚しその後復活したトウ小平らによって権力を奪われた。最後は党中央委員としてほとんど影響力はなかったといえ、彼の業績を称えるのは故郷の山西省交城県に、今年2月の生誕95周年を記念して親族が建てた銅像だけだ。
しかも、建設されたとたん、地元政府は中央の意向を恐れ、銅像の取り壊し命令を出したのだ。最高指導者を務めながら、そのあまりの冷たい措置に地元民が反発し、警官隊と衝突するなど、大きな騒動に発展した。いまも華国鋒の銅像は残っているが、いつ破壊されるか分からない状況だ。
●そうま・まさる/1956年生まれ。東京外国語大学中国語学科卒業。産経新聞外信部記者、香港支局長、米ハーバード大学でニーマン特別ジャーナリズム研究員等を経て、2010年に退社し、フリーに。『中国共産党に消された人々』、「茅沢勤」のペンネームで『習近平の正体』(いずれも小学館)など著書多数。近著に『習近平の「反日」作戦』(小学館)。
※SAPIO2016年7月号