◆救いと絶望両方ないとおかしい

 佐々田の恋バナが何より富谷たちを虜にしたのは、彼が菜津子の故郷に時空を超えて降り立ち、少女時代や初めて恋人ができた頃の彼女ばかりか、その時々の〈若い佐々田〉とも会って、話までしていることだった。

「若いうちは相手の過去を考えるくらいなら他にセックスできる相手を探すかもしれませんが、歳を取るとそうはいかない。最新型のGショックをいくつ持ってるかを自慢した昔と違い、慣れ親しんだ思い出の時計とか、目の前の一人一人が大事に思えてくるんです」

 その過去への旅は夢にも似て、彼が眠りに落ちると学生時代や出版社に就職した頃の自分がほぼ1年おきに現われ、菜津子の様子を一緒に見に出かけたという。若い佐々田も次第に菜津子を大切に思い始め、彼女をイジメや恋人から守ろうともしたが、そもそも過去を変えてはいけないのがタイムスリップものの鉄則だ。

「僕もハインライン『夏への扉』とか、タイムスリップ小説は一通り読みましたが、一応お約束は意識しつつ、菜津子と再会した佐々田には、救いと絶望が両方ないとおかしいと思った。タイムスリップさえすれば万事OKなんて、いくら絵空事でも甘すぎますから」

 話を聞き終え、奈々は若い佐々田と菜津子の〈違う形の幸せ〉を期待したが、富谷はむしろ現世に残った佐々田のことを案じてしまう。〈その日々よりも、それを取り上げられた後の寂しさの大きさを思ってしまうんだ〉と。

「僕も二度と取り戻せないものを見に行くだけなら、その方が絶望的だと思う。その絶望と菜津子に再会できた喜びの、どちらが上回るとか相殺するとかではなく、両方ずっしり残る人生を彼は生きなきゃならないし、老佐々田にもまだやれることはあるというのが、僕なりにタイムスリップものを更新した答えでした。

 今思うと、僕の一貫したテーマは成長と喪失だった気がしていて、夢見たのにそうなれなかったもう一人の自分というのも、一種の喪失ですよね。ただし今の自分にも必ず希望や存在意義はあるし、歳を取ってからの悲しみというのは若い頃の比ではない分、臆面のなさが自分や誰かを救ってもくれている気はします」

 老いらくの恋、不倫等々、傍目からはどう映ろうと、恋する男の妄想はとどまるところを知らない。それでいて女性をここまで愛せる姿が眩しくもある、究極の純愛、いや、女好き小説である。

【プロフィール】まつひさ・あつし/1968年東京生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。松久淳+田中渉名義の『天国の本屋』シリーズや『ラブコメ』、単著『どうでもいい歌』『中級作家入門』等の他、吹替愛好会名義の『吹替映画大事典』も話題に。「実は広田だけはモデルがいて、亡き声優の広川太一郎さん。『ローマの休日』の美容師マリオはあの名調子で吹き替えたから日本ではオネエに誤解されたというのが僕の持論です」。2010年に第13回みうらじゅん賞。171cm、62kg、A型。

■構成/橋本紀子 ■撮影/国府田利光

※週刊ポスト2016年7月15日号

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