現在、68歳の鎌田實医師は、医師としてあと何年活動できるかを考えたとき、もう一度、地域の役に立ちたいと強く思い、訪問診療に「研修医」として参加し始めた。研修を通じて幸と不幸は表裏一体としみじみ感じている鎌田氏が、若年性アルツハイマー病を患いながらも生きる友人の充実した日々を紹介する。
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19世紀のフランスの文豪バルザックは「われわれは幸福も不幸も大げさに考えすぎている。自分で考えているほど幸福でもないし、かといって決して不幸でもない」と述べている。なるほどと思う。
ぼくの友人、佐藤雅彦さん(62歳)は、若年性アルツハイマー病を生きるなかに、幸せを見つけた。約1か月前の週刊ポストでも紹介されていたが、携帯電話やiPadを駆使して、認知症のもの忘れに備える知恵は、なるほどと膝を打つものばかりだ。
45歳ごろから認知症の症状が現われ始め、51歳のとき、専門医から若年性アルツハイマー病と診断された。それでも佐藤さんは、一人暮らしを続けてきた。
彼から学ぶべきことの一つは、認知症を隠さないことだ。そして、失敗を怖がらない。たとえば、散歩に出て帰れなくなっても、「私は認知症です」というSOSカードを持ち歩いている。認知症であることを隠さず、必要なときは助けを求める。地域のサポートはとても大切なのだ。
彼は、絵が好きで、美術館にも行く。付き添いの人を探すときは、「美術館に行くけど、行きたい人はいる?」とインターネットで呼びかける。彼が求めているのは、介助のプロではなく、一緒に美術館に行くのを楽しんでくれる人。こういう視点は、医療や介護のプロほど忘れがちなのではないか。
彼は本も書いた。『認知症の私からあなたへ 20のメッセージ』(大月書店)。認知症になったことで、新たな世界が広がったのである。
3年前、佐藤さんと初めて会ったとき、別れ際に握手をしながら言った言葉が忘れられない。
「ぼくは認知症になって、生活は少し不便になったけど、ぼくは不幸ではない。幸せです」
●かまた・みのる/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。近著に『「イスラム国」よ』『死を受けとめる練習』。
※週刊ポスト2016年7月22・29日号