──あ、それから使われてしまったお金は、今もそのままなのでとにかく早く返してほしい。わたしも子供も困っている。いつも、おなかがペコペコです。
これは、文庫『逆襲、にっぽんの明るい奥さま』(小学館、510円)のあとがきとして、著者・夏石鈴子さん(53才)が記した文章だ。こんなあとがきは見たことがない。ごく私的なメッセージを、しかもこの部分だけ太文字で記しているのだから。
このあとがきが書かれたのは、今年の5月17日。それより前に発売された文芸誌『きらら』4月号に書かれた小説『おめでたい女』には、彼女の苦い結婚生活がありのままに表現されている。同著は鈴木マキコの名で発表されているが、同一作家である。それについては後ほど…。
夏石鈴子さん改め鈴木マキコさんがある男性と出会ったのは、かれこれ25年ほど前のこと。某老舗出版社に勤務する彼女は、週刊誌の映画欄担当者として、映画プロデューサーA氏と取材で出会い、妊娠、出産、のちに結婚という順をたどる。
17才上のA氏は、多くの話題作を手がけ、作品は数々の賞に輝く。だが、夫や家庭人としては…。
「最初に起きた衝撃の出来事は、長男の出産の時。出産費用として私が用意していた75万円を封筒ごとそっくり持ち出してしまったこと。別れるとしたら、あの時でしたね。でも、あの時の私は赤ん坊を連れて帰る場所がなかったから、黙ってがまんしてしまった。あの人は、“ああ、やり得”って思ったんでしょう。だから絶対に、生まれてきた子供の面倒を彼に見させないと、と思ったんですけど」
A氏は、映画監督としての浮き沈みが激しく、すぐにあちこちで借金を抱えるようになっていた。「また仕事をして、全部取り返す」──そんな言葉を、妻である鈴木さんはもちろん、周囲の人は信じ、彼のためにお金を出し続けた。
◆「お金は出した方が負け」
お金の心配が続く生活の中、2年後に長女を出産。4人家族になったが、生活費はすべて鈴木さんが出さねばならず、彼が仕事部屋として借りている別宅の家賃さえ、鈴木さんが負担していた。
意を決して「私のお金、返して」と言えば、夫は「金は、出せって言われて出したやつが負けなんだよ」と言い、「きみみたいな女はおれがいなかったら生きていけなかったんじゃないの」とまで言い放った。以前、鈴木さんは仕事で知り合ったある男性作家からこんなことを教わる。
「男に捨てられない方法はね、その男と蜜月のうちに大金を借りること。男ってのはケチな生き物だから、たとえあなたのことが嫌いになっても、お金を回収できるまでは、あなたを絶対手放しませんよ」
鈴木さんは、この話を聞いて、嫌悪感を覚え、笑ってしまったという。
「でも確かに、私の元夫からしてみれば、私からお金を借りてその金額が大きくなればなるほど、私がもったいながって夫を捨てない。だから、“ずうっと利用できる”と思ってたのかもしれないですね(笑い)」
◆毎日20万円ずつ引き出していった元夫
“その時”はついに訪れた。
「銀行の通帳の残高を見て、驚きました。あの人が毎日、コンビニのATMで20万円ずつおろしていたんです」