その発想はそのまま現在の佐藤の将棋につながっている。定跡の研究が進み、終盤が単純化されつつある現代将棋に、玉を固め攻め勝つという傾向が顕著な最近の風潮に、佐藤はあえて受けを持ち込んだのだ。局面の単純化よりも複雑化を好み、混沌とする状況の中で自分の読み筋だけを頼りに勝ちを探し求めるという、それはまさしく古くて、しかし何よりも新しい発想だった。
佐藤は大山をはじめ、古い将棋を調べ、その中に自分たちが学ぶべきものがあることを知った。コンピュータを駆使し最新系の定跡の研究に没頭し、情報戦と化している将棋界。「強い、弱い」よりも「知っている、知らない」が重要になっている将棋界に佐藤は新しい風を吹き込んだ。
「終盤のねじり合い」「悪くなっても粘り倒す」「最善手はあえて見送る」──大山名人の将棋そのものである。
◆さとう・あまひこ/1988年生まれ。福岡県出身。1998年、小学5年生で関西奨励会に入会。2006年、四段に昇段してプロデビュー。2008年、新人王戦で棋戦初優勝。2015年、順位戦でA級昇格。同年、王座戦で羽生四冠にタイトル初挑戦するも敗退、棋王戦のタイトル戦でも渡辺明棋王(竜王)に敗れた。28歳4か月での名人獲得は史上4番目の若さで、20代の名人誕生は2000年の丸山忠久八段以来16年ぶり。(肩書は対局当時)
取材・文■大崎善生 撮影■小澤忠恭
※週刊ポスト2016年8月5日号