現実的には、アンケートの回収率が1割程度のため、バイアス(偏り)がかかっている可能性は否めない。アンケートに応じた歯科医は意識の高いグループと考えられ、全体でみればハンドピースを患者ごとに交換する率は5割まで上がっていない可能性もある。
それにしても、なぜ歯科医の大半が感染症に危機感を抱かないのか?
「日本では口腔がメインで感染者が広がったケースがほとんどないんです。そもそも感染症には潜伏期間がありますので、因果関係の証明が難しい。発症が数か月先だったり、慢性化する場合もありますから、(歯科治療の感染)事例は、確認できません」(同前)
この研究者は取材の最後に苦悩した表情で“匿名を希望する”と口にした。
「2年前の調査結果の公表後、ある歯科関係者から呼び出され厳しく批判されました。こういうデータは熟考してから出すべきだと。ある地方の歯科医師会は、私の出身大学を調べ上げ、恩師の学部長に抗議までしたようです。
税金で行なった研究なので取材対応は義務と思いますが、今後の研究活動に支障が出ないよう名前を伏せてもらいたい」
歯科業界にスタンダードプリコーションを普及させたいと考えて調査した研究者に対し、圧力をかける行為は常軌を逸している。
●取材・文/岩澤倫彦(ジャーナリスト)と本誌取材班
※週刊ポスト2016年8月12日号