実は、山田さんがこうした活動を始めたのは、妻・和子さんの影響が大きい。和子さんは自宅の玄関をパン屋に改装。自分でパンを焼く一方、週一度、路上生活者に無料でパンを配る活動を続けていた。当時、サラリーマンだった山田さんは、そうした妻の活動を、遠巻きに見ていた。
その和子さんが2009年、すい臓がんで亡くなる。妻の死で、心にぽっかりと穴が開いた。その穴をふさいでくれたのが、死の直前、妻から渡されたレシピだった。はじめてのパンづくりに四苦八苦しながら、妻の遺志を継いだ。夜、焼き立てのパンを配りながら、山田さんは路上生活者の孤独に思いをはせる。
「自分がここにいることを、周りの人が知っていてくれる。そう思うことで、人は生きていけるんだと思います」
貧困は、人を孤立させる。路上生活者も、経済的に厳しい親子も、社会から取り残されたような疎外感にとらわれやすい。だからこそ、身近なところに「居場所」が必要なのだ。
●かまた・みのる/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。近著に『「イスラム国」よ』『死を受けとめる練習』。
※週刊ポスト2016年8月12日号