ご成婚前に天皇は、「皇太子という立場で、公務は一切の私事に優先する」と美智子様に語られたという。昭和五十四年、妃殿下であった皇后のお歌。「新嘗の み祭り果てて 還ります 君のみ衣 夜気冷えびえし」。宮中祭祀の貴さを皇太子妃として歌いつつ、夫としての「君」の「み衣」が夜気に冷たく濡れているのを気づかう妻としての心の思いが表現されている。
妻であり母である女性の情感の豊かさが、皇統の歴史に国の「母」としての皇后の姿を刻んでいる。公務に関しても、たとえば国賓の接遇について、「国賓は、陛下が国の象徴としてお迎えになる方々ですので、大切に、心をこめてお迎えしております」と語られているように、今上陛下が一貫して体現されようとしている「国の象徴」という、その深い根源的な意義をはっきりと共有されているのである。
天皇の生前退位については、皇室典範の規定など今後議論がなされていくだろう。退位を認めた場合に、憲法が定める「国民の総意に基づく」という天皇の「地位」と矛盾しないのかといった見解もある。
しかし、「象徴天皇」としての歴史的意義を示され、その責務を果たされることで、国民と共に在る皇室の存在理由を、新しい歴史の頁に記された今上陛下の意志を何よりも尊いものとして、大切に受け止めるべきではないだろうか。
【PROFILE】富岡幸一郎●1957年東京都生まれ。中央大学文学部卒業。関東学院大学国際文化学部比較文化学科教授。鎌倉文学館館長。『川端康成 魔界の文学』(岩波書店刊)など著書多数。
※SAPIO2016年9月号