美智子さま一覧

【美智子さま】に関するニュースを集めたページです。

紺色のお召し物だった紀子さま
紀子さま、悠仁さまに「悪夢の再来」 宮内庁17cm包丁送付事件、同封便箋には皇族批判
 悠仁さまのご誕生以来、紀子さまは強い使命感と責任感をお持ちになって、成長を見守られてきた。それだけに、再びの“刃物事件”が紀子さまと悠仁さまに与えた動揺は、限りなく大きいようだ。「偽物皇族」──その言葉とともに宮内庁に届いたのは、刃渡り17cmの包丁だった。「6月25日午前10時45分頃のことでした。宮内庁の職員が送られてきたレターパックを開封したところ、刃渡り17cmの包丁と、手書きの便箋が出てきたのです。消印は24日で、愛知県内となっていました」(全国紙社会部記者) 宮内庁関係者が続ける。「宮内庁への郵便物は、金属探知機で検査をしています。しかし、物の形状がわかるX線検査まではしておらず、職員が開封するまで包丁が入っていることはわからなかったと思われます」 すぐさま捜査が始まり、4日後の29日、愛知県在住の20代の男が、威力業務妨害の容疑で逮捕された。「レターパックの差出人欄に容疑者の実際の住所と氏名が書かれていたことが、スピード逮捕につながりました。男は『間違いありません』と容疑を認めています」(前出・全国紙社会部記者) 包丁が送りつけられること自体が衝撃的な出来事だが、同封されていた手紙の内容も驚くべきものだった。「手紙には『偽物皇族』や『なりすまし』などといった言葉で皇族を批判している部分があり、そこには、複数の皇族の名が具体的に挙げられていたそうです。支離滅裂な部分もあり、皇宮警察は動機とともに刑事責任能力の有無についても調べているといいますが、当然看過できる状況ではありません」(前出・宮内庁関係者) 皇室を震撼させた今回の事件。誰よりも敏感に反応されたのは、3年前のあの“苦い事件”の記憶が残る紀子さま、そして悠仁さまだった。 悠仁さまは、今年4月に筑波大学附属高校(筑附高)に入学。バドミントン部に入部され、勉強に部活にと充実した毎日を過ごされているようだ。「7月には、1年生の伝統行事『蓼科生活』が開催される予定です。2泊3日の、林間学校のような合宿で、悠仁さまたち高校入学組にとっては、大多数を占める内部進学組と親睦を深める絶好の機会です。目玉は、夜の“肝試し”。くじ引きで、男女がペアになって行うのですが、それがきっかけで交際に発展することも珍しくなく、“蓼科マジック”という言葉もあるほどです」(筑附高関係者) 悠仁さまは、極力“普通の高校生”の生活に努められているという。「学校の敷地内まで車で乗り入れることはせず、途中で降りられ、ほかの生徒と同じように、歩いて校門を通ります。帰りも同様で、敷地から離れたところで迎えの車に乗り込んでいます。もちろん、一般の人とすれ違うタイミングもあります」(前出・宮内庁関係者) 将来の天皇でありながら、普通の高校生のように──その矢先に起きたのが、冒頭の刃物事件だった。悠仁さまを想起させる一節 刃物と聞いて思い出されるのは、3年前の別の事件だ。2019年4月、悠仁さまが通われていたお茶の水女子大学附属中学校で起きた。悠仁さまの机の上に、鎗のように棒にくくりつけられた果物ナイフが置かれていたのだ。後に建造物侵入容疑で逮捕された50代の男は「悠仁さまを刺すつもりだった」「いまの天皇制では日本はよくならない」などと、明確に悠仁さまをターゲットにしていたことを明かしている。「事件当時、悠仁さまが教室にいらっしゃらなかったことは不幸中の幸いでした。もしも授業中であったなら、どのようなことになっていたか想像もしたくありません。お茶の水中は学習院と異なり皇族の受け入れに不慣れだという点を差し引いても、刃物を持った不審人物があまりにも簡単に将来の天皇に近づくなど、あってはならないことでした。事件直後、悠仁さまは通学をためらわれるほど戸惑いと恐怖を感じられていたそうです」(皇室記者) 新生活が始まり心機一転、ようやくその記憶から解放されようかというときに、第2の刃物事件が起きてしまったのである。「悠仁さま、そして母親の紀子さまの動揺は想像に難くありません。実は、手紙には、ほかの皇族のお名前とともに秋篠宮家や悠仁さまを想起させるような一節もあったようです」(前出・宮内庁関係者) このところ、秋篠宮家への風当たりは強いと言わざるを得ない。長女・眞子さんの結婚を巡る騒動に加え、提携校進学制度を利用しての悠仁さまの筑附高進学、さらには、その直前に明らかになった、文学賞の入賞作文におけるコピペ問題など、複雑な事情が絡み合っている。「紀子さまも悠仁さまも、自分たちが、いま国民からどのような視線を向けられているかをある程度は理解されていると思います。ですから、今回、宮内庁に送られてきた包丁と手紙について、“また自分たちが標的になっているのでは”と、かつての悪夢がフラッシュバックしてしまってもおかしくない」(前出・宮内庁関係者)紀子さまに対して「般若」「二重人格」 皇室への悪意が向けられたとき、皇族を守る重要な役割を担っているのが、皇宮警察だ。しかしいま、その皇宮警察も足元がグラついている。「皇宮警察の不祥事が相次いで発覚しているのです。皇居内にある旧枢密院本部でのボヤ騒ぎ、痴漢、わいせつ、窃盗事件など、枚挙にいとまがない。また、要職にある人物が、たびたび皇族の悪口を言っていたことが『週刊新潮』に報じられました。愛子さまに対しては“クソガキ”、紀子さまに対しては“般若”“二重人格”などと、ショッキングな内容です」(前出・宮内庁関係者) さらに、6月には秋篠宮ご一家のお住まいがある赤坂御用地に、20代の男が侵入するという事件も起きている。皇宮警察側はすでに、一連の出来事についてお詫びと説明をしているという。「両陛下をはじめ、皇族方は寛大なお方ばかりですから、基本的には直接的な非難はされません。しかし、説明を受けたところで納得できる性質のものでもないでしょう。壊れた信頼関係を再構築するには、かなりの時間が必要だと思われます。まして、将来の天皇の母というお立場で、責任感のお強い紀子さまの不安はいかばかりかと拝察します。相次ぐ事件と不祥事で、緊張の糸が切れてしまわなければいいのですが……」(皇室関係者) 大事件が起こってしまってからでは、取り返しがつかない。※女性セブン2022年7月21日号
2022.07.06 16:00
女性セブン
眞子さまの箱根旅行のお姿。耳には目立つイヤリングも(2018年)
小室圭さんの妻・眞子さん 華やかだった4年前の「箱根・女子旅ファッション」
 小室圭さんの、3度目のニューヨーク州司法試験が迫っている。そんな小室さんとともに姿がキャッチされた妻・眞子さんのファッションからは、海外での新婚生活という華やかな様子は感じられず、海外メディアに「ユニフォーム」と指摘されるほど、いつも決まったシンプルな出で立ちだ。だが、本来の眞子さんの私服はもっと華やかだった。4年前、女性セブンが見ていた「結婚前のプライベートショット」を振り返る。「皇族のファッション」というと、フォーマルなイメージを抱く人がほとんどだろう。昨年小室圭さんと結婚し、ニューヨークに渡った眞子さんは民間人になった。海外メディアも含めこれまでに写真つきで報じられた姿のほとんどが、カジュアルなファッションだった。 渡米時は、紺の丸首セーターに黒のワイドパンツ姿。渡米後、初の週末デートを楽しんだ際には、裾を大きく折り返した太めのデニムパンツと、黒いレザーのショートブーツだった。 それまで、“プライベートファッション”があまり世間の目に触れてこなかっただけに新鮮に映る面もあったが、6月8日、英タブロイド紙『デイリー・メール』は、眞子さんの直近のファッションについて「ユニフォームのようだ」と指摘した。 たしかに、黒っぽいトップスにデニムパンツと、眞子さんのコーディネートのバリエーションは、そう多くはないようだ。 税金を原資にした生活を送っているため、皇室の方々には「質素倹約」の精神が根付いている。加えて、ニューヨーク州司法試験に2度不合格だった小室さんの収入は物価が高騰しているニューヨークでの生活に心もとなく、自由にファッションを楽しめない側面もあるのかもしれない。 遡ることちょうど4年前、『女性セブン』は眞子さんのプライベートシーンをとらえていた。2018年2月に小室さんとの結婚延期が発表され、当時は様々な事情が“宙ぶらりん”な状態。そんな最中の2018年6月、見頃を迎える紫陽花に彩られた梅雨時の神奈川・箱根に、学習院初等科から高等科時代まで一緒だった友人3人と、眞子さんは1泊2日の女子旅に出かけた。 キャリーケースを引いた眞子さんは、黒のカットソー姿。黒いトップスは現在と印象が変わらないが、その時はひらひらと風になびくフレンチスリーブだった。 また、濃いブルーのグラデーションがかかったロングスカートは、裾にゴールドのラインが輝く。ワンサイドに流したロングヘアからは、時折大ぶりなイヤリングがのぞいていた。 小室さんの試験が迫っている。「三度目の正直」が叶えば、眞子さんも以前のように、心おきなくコーディネートを楽しめるようになるかもしれない。
2022.07.01 16:00
NEWSポストセブン
ご体調への不安が募る(写真/JMPA)
雅子さまと愛子さま、“ポツンと一軒家”の孤独感 閉ざされた御所での巣ごもり生活
「巣ごもり」が心と体に大きな負担となることを、この2年間で多くの人が実感した。鳥のさえずりと虫の音しか聞こえない“ポツンと一軒家”である「皇居・御所」に、天皇ご一家が引っ越されて9か月あまり。雅子さまと愛子さまにとって、その静寂すぎる環境での「巣ごもり」が招くのは、強い孤独感ではないか──。 行政機関の庁舎や大企業のオフィスがひしめき合い、平日はビジネスパーソンが行き交う東京・千代田区。高層ビルが建ち並ぶコンクリートジャングルのイメージが強いが、面積の1割以上は、皇居の緑豊かな自然が占めている。 皇居には、天皇ご一家のお住まいである御所や、各種行事が執り行われる宮殿、皇室ゆかりの美術品が収められている三の丸尚蔵館、宮内庁庁舎などがある。さまざまな植物が生い茂る広大な敷地の中に、建物が点在しているのだ。御所がある「吹上地区」は皇居のほぼ中心に位置する。多様な樹木が密生している森林であり、そこが大都会のど真ん中であることを忘れてしまいそうになる。「吹上地区の中でも、御所のあたりは周辺道路からも遠く、昼間も静寂に包まれています。森にはかわせみ、とんぼ、クワガタムシなど多数の生物が生息し、なかには希少種も存在します。時には、むささびやたぬきが出没することもあるほどで、自然が豊かなエリアです」(宮内庁関係者) 御所は、地上2階、地下1階建てで、1993年に完成した。天皇ご一家のプライベートスペースであるお住まいと、執務に使われる大広間などの公室、職員が事務作業を行う部屋からなっている。 昨年9月、天皇ご一家は長く親しまれた旧東宮御所(港区元赤坂)から、御所へと引っ越された。即位から約2年半、ようやくお住まいもふさわしいものになったわけだが、世間からあまりに隔絶された環境が雅子さまに暗い影を落としている──。 天皇皇后両陛下は6月20日「日本芸術院賞」の授賞式への臨席のため、日本芸術院会館(東京・台東区)に足を運ばれた。「雅子さまはクリーム色のセットアップに、同じ色のハットと靴を合わせられ、パールのアクセサリーをお召しになっていました。気温が30℃に迫る暑い日でしたが、300人ほどの人が集まり、両陛下は笑顔でお手振りをなさっていました」(皇室記者) 授賞式には笑顔で臨まれた一方、最近の雅子さまのご体調には心配が募るばかりだ。5月31日、雅子さまは皇居内にある「紅葉山御養蚕所」で、蚕に餌となる桑の葉を与える「御給桑」という作業を行われる予定だった。御養蚕は、歴代の皇后に受け継がれてきた重要なお務めだ。「ところが、雅子さまのご体調が整わず中止に。翌6月1日に、陛下と愛子さまが加わりご一家で御給桑は行われました」(前出・皇室記者) 6月8日には、繭をその年に初めて収穫する「初繭掻き」が予定されていたが、こちらも延期になった。理由は同様に、雅子さまのお加減によるものだった。「腰の違和感が原因だそうで、御養蚕の作業の延期は2度目。初繭掻きは3日後の11日に行われました。雅子さまは、繭を取り外しながら“わたあめみたい”と感想を述べられ、作業にあたった職員を“大変だったでしょう”と労われたそうです。初繭掻きの作業の後には、陛下と愛子さまも合流され、『毛羽取り』や『繭切り』の作業を一緒にされました。しかし、腰の調子は万全ではなかったといいます」(宮内庁関係者) 御給桑と初繭掻きの作業に挟まれた6月5日には、両陛下は「全国植樹祭」にオンラインで出席され、参加者と懇談などをされた。「発表段階では、雅子さまは『ご体調次第』でのお出まし予定でした。結果的に出席されましたが、顔色があまり優れず、表情が急に暗くなられたようにも見受けられました」(皇室ジャーナリスト)新型コロナの流行と重なった引っ越し 2004年に適応障害と診断されてから、雅子さまのご体調は快復の途上にある。「当時は、体調を理由に公務を欠席されることに批判も多く、そうした声がますます雅子さまを追い詰めていった部分もあるでしょう。療養に入られて以降は、公務から遠ざかる時期が長く続きました」(前出・皇室記者) それでも、御代がわりが迫ると、雅子さまのお心とご活動に大きな変化が見えた。「2018年、全国赤十字大会に15年ぶりに出席された雅子さまは、美智子さまから名誉総裁のバトンを受け継ぎました。赤十字の名誉総裁は代々、皇后が務めてきましたから、雅子さまのご就任は既定路線でした。それでも、ステージ上で、美智子さまが雅子さまの手を取られた“サプライズ”は雅子さまにとって、皇后としての決意と覚悟を固められる出来事であったに違いありません」(前出・皇室記者) また、2019年、天皇陛下の即位に伴うパレード「祝賀御列の儀」の際には、沿道に詰めかけ手を振る国民の姿を目にされ、感無量のご様子だった。「思うように公務ができないことに苦しまれていた雅子さまは、国民の祝福の様子を見て驚かれたそうです。そっと涙をぬぐわれる場面もありました」(前出・皇室記者) 時代は令和に変わり、皇后というお立場で順調に快復されようとしていた。その矢先に起きたのが、新型コロナウイルスの流行だった。「それまでは少なくないお出ましの機会を目標にしてご体調を整えていたので、波はありながらも、一定の調子を保てていました。しかし、コロナ禍で公務が急減したので、コンディションを保たれることが難しくなったといいます」(前出・宮内庁関係者) そんな状況下で行われたのが、御所への引っ越しだった。美智子さまも戸惑われた それまで天皇ご一家のお住まいがあった赤坂御用地は、南側が国道246号、西側が新国立競技場や神宮球場のある明治神宮外苑と接している。「周囲には平日・休日を問わず多くの人や車が行き交っています。時には球場の歓声や打ち上げ花火の音、赤坂消防署のサイレンが聞こえることもある。敷地内には宮内庁職員やその家族も住んでいます。赤坂御用地は、一般の人たちの生活音が入ってくる環境です」(前出・宮内庁関係者) 御用地内には、秋篠宮邸や三笠宮邸、高円宮邸もある。当然、それぞれの職員がいて、巡回する皇宮警察官も多い。ひとたび御用地内を出歩けば、「誰かと顔を合わせる」ことは日常茶飯事だ。一方、皇居の御所はというと、鬱蒼と生い茂る森の中にある“ポツンと一軒家”だ。「当然、敷地内にほかの皇族方のお住まいはありません。顔を合わせるのは数名の側近職員のみで、宮内庁庁舎で勤務する職員も、めったなことで『吹上地区』には近づけない。誰かに会いたくても、“会わない”し、“会えない”んです」(前出・皇室ジャーナリスト) 当初は、そうした環境の変化は、雅子さまの快復に一役買うものとみられていた。「雅子さまの適応障害の原因は、皇太子妃となられたことで、多くの人の視線が集まることになじまなかったからだと囁かれました。一方、静養などで訪れる那須御用邸の、自然豊かで静謐な雰囲気をいたく気に入られていたこともあった。療養中の一時期、生活リズムが少々乱れたことがありましたが、そのときにも、夜遅く静まりかえった赤坂御用地内を散策されていたことがありました」(前出・宮内庁関係者) ところが、初めのうちは雅子さまにとって理想にも思えた「静かすぎる環境」が、負担になってしまっていたのかもしれない。「生来、雅子さまはアクティブな性格でご友人も多く、外交官時代も多くの人とコミュニケーションを取りながらお仕事をされてきました。そんな雅子さまにとって、一時の“静かな環境”は必要だったのかもしれませんが、閉ざされた御所での生活が延々と続くことが、むしろマイナスになってしまっていると言えるのかもしれません。 事実、かつて美智子さまもその空気に戸惑いを覚えられたことがあり、あまりにも世間から隔絶されているため、御所での暮らしについて“季節がわからなくなる”と漏らされたことさえあったといいます。 誰にも会わず、ただ静かな環境に居続けることは、一般人にとっても耐え難いでしょう。まして、気軽に他人と接触することがかなわない皇后というお立場ならなおさらではないでしょうか」(別の皇室ジャーナリスト) 時折見かけるのは、見回りを行う皇宮警察官の姿だけ。しかし、それは雅子さまにとっての安心材料にはならないようだ。《皇族への「悪口」はびこる「皇宮警察」》『週刊新潮』(6月23日号)に、そんな見出しが躍った。記事によれば、皇宮警察の幹部職員が、初等科時代の愛子さまを「クソガキ」と呼んだり、三笠宮家の彬子さまと瑶子さまの容姿を揶揄する発言が、皇宮警察内で行われているという。極めつきは、紀子さまのことを「般若」に例えた悪口もあったという。「皇居内でそうした振る舞いが行われていたということは、当然のことながら皇族方にも伝わっているはずです。なにしろ、ある皇族の悪口を書いたメールをご本人に誤送信したケースもあったそうで……。御所の近くで顔を合わせる機会のある数少ない人の中に、そのような“悪口”を発する人物がいるのであれば、雅子さまは当然、不信感を抱かれるでしょう」(前出・皇室記者)標識もなにもない森の中を延々と進む 外界から隔絶した空間での暮らしを余儀なくされているのは、愛子さまも同様だ。2020年4月、コロナ禍真っ只中で学習院大学に入学された愛子さまは、以来大学には通われず、一貫してオンラインでの受講を続けられている。「いまは登校もできるようになっているのですが、愛子さまは、ご自身が感染して両陛下にご迷惑をおかけすることがあってはならないと、苦渋の選択をされたそうです」(前出・宮内庁関係者) 高校時代までのように、学び舎でお友達と言葉を交わす機会はない。それどころか、お住まいが御所という環境では、コロナ禍が過ぎ去ったとしても、私的にお友達を招き入れることも難しいだろう。「旧東宮御所は、すぐ近くに東宮御所正門(現・仙洞御所正門)があり、ご友人や客人をお招きするのも比較的容易でした。学習院初等科時代には、お祭りを模した縁日を催すなどして、ご友人を招かれています。しかし、御所となるとそうはいきません。標識もなにもない、森の中を延々と進まなければならない。気軽にご招待というわけにはいかないんです」(別の宮内庁関係者) 愛子さまもまた、雅子さま譲りの活発さをお持ちだという。それだけに、窮屈な思いを抱かれていることは充分考えられる。「世間から隔絶された『閉ざされた御所』での生活が長引けば、雅子さまにとっても、愛子さまにとっても不安が募るでしょう。これまで、雅子さまのご体調とシンクロするように、愛子さまの初等科時代の不規則登校や、中等科時代の長期欠席が表面化したことがあっただけに、また揃って“不調のトンネル”に入ってしまうことがなければいいのですが……」(前出・別の宮内庁関係者) そんな不安をよそに、今日も御所の周囲には、ただただ静謐な空気が流れている。※女性セブン2022年7月7・14日号
2022.07.01 07:00
女性セブン
公務に邁進されている(6月、東京・港区)
佳子さま「公務に積極的」になられた背景に「皇籍離脱」「結婚」か
 ご両親との断絶、公務への消極姿勢──これまでの佳子さまからは、女性皇族としての人生への困惑と葛藤が感じられた。しかし、そのご様子が大きく変わりつつある。佳子さまの複雑な胸の内。「佳子さまは、普段どんなことをされているのか」 少し前に、宮内庁担当記者が秋篠宮家の側近職員にぶつけた質問だ。しかし、職員はしどろもどろになるばかりで、詳しいところを明かすことができなかった。それほどまでに、これまでの佳子さまの生活ぶりはベールに包まれていた。ところが、最近の佳子さまのご活躍ぶりはめざましい。 5月7日に「みどりの感謝祭」(東京・千代田区)、6月3日に「産経児童出版文化賞贈賞式」(東京・港区)、12日に「東京都障害者ダンス大会ドレミファダンスコンサート」(東京・渋谷区)へとお出ましになった。7月中旬には、地方での公務も予定されているという。また、6月14日には、かつて姉の小室眞子さんが務めていた「日本工芸会」の総裁に就任されることが明らかになった。「眞子さんが務めていたお役目を引き継ぐのは、日本テニス協会名誉総裁に続いて2つ目です。佳子さまは2019年に国際基督教大学(ICU)を卒業されましたが、公務に消極的だと指摘されることもありました。その背景には、秋篠宮ご夫妻との距離や、以前より抱かれている“皇室を脱出して、皇族の身分を離れたい”というお気持ちがあるように見受けられたのですが……。ここにきての方針転換は、どういった心境の変化なのでしょうか」(宮内庁関係者)「世論を味方につければ潮目は変わる」《皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる》 現行の皇室典範には、そう規定されている。憲法の言葉を借りれば「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」するわけだが、眞子さんと小室圭さんの騒動の余波はまだ続いており、「女性皇族の結婚」そのもののハードルが上がっていることは否めない。「“眞子さんと小室さんの結婚への段取りが進められている”と報じられた当初は、世間からも歓迎されましたが、小室さんの母・佳代さんと元婚約者の金銭トラブルが報じられると世論の風向きが一気に変わった。その騒動を見た後で、佳子さまのお相手候補に名乗り出る男性がはたしてどれだけいるか……。仮にいたとしても、“佳子さまの夫としてふさわしいか”という議論が巻き起こり、大きな関心を集めることは目に見えている」(皇室記者) 結婚以外にも、女性皇族が皇室から脱出する方法はある。《年齢十五年以上の内親王、王及び女王は、その意思に基き、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる》 皇室典範には、そうも記されている。2名の皇族や総理大臣、衆参両院議長や宮内庁長官らからなる「皇室会議」で承認されれば、皇族の身分を離れることができるのだ。実際、1982年に「ヒゲの殿下」の愛称で親しまれた三笠宮家の寛仁さまが、社会福祉活動への専念のため皇籍離脱の意思を表明されたことがあった。 皇室会議は男性皇族の結婚など、皇室のなかでも極めて重要な問題を議論する場である。戦後、旧皇族の皇籍離脱を除いて、7回開かれたうちの6回は男性皇族の結婚について。唯一趣旨が異なるのは2017年、天皇の退位に関する皇室典範の特例法が議題にあげられたケースだ。 寛仁さまの場合は、伯父にあたる昭和天皇の説得もあり、皇室会議が開かれることなく、寛仁さまは皇室に残ることを選択された。それだけに、佳子さまが皇籍離脱の承認を得ることは簡単なことではない。「眞子さんの結婚は、世論が反転したことで暗礁に乗り上げました。特に、秋篠宮さまが求められた『国民の納得と祝福』が最後まで得られなかったことで、結婚に関する儀式は行われず、結婚一時金も支払われなかった。 眞子さんの結婚を後押しされる一方、佳子さまはそうした状況を冷静にご覧になっていたのではないでしょうか。“世論を味方につければ潮目は変わる”とお考えになった可能性は大いにあります」(皇室ジャーナリスト) 一刻も早く、皇室を「脱出」したい。結婚には何より相手が必要だけれど、皇室会議で皇籍離脱の承認をこぎつけるためなら、ひとりでも動ける──。「皇族としてのご自覚を持って公務を行われようとするお気持ちの一方、佳子さまは国民の中に“味方を増やしたい”とお考えなのかもしれません。熱心に公務にお出ましになる姿を見せることで“佳子さまはここまで頑張っているのだから”と、自らの皇籍離脱を前向きに認めてもらう世論を作りたいのではないでしょうか。 結婚は、皇籍離脱をして一般人になってからでもできます。むしろ、一般人同士の結婚ならば、天皇陛下の『裁可』をいただく必要もなく、皇族としての結婚の儀式も不要なため、格段に“意中の相手”と結ばれるためのハードルは低くなる」(前出・皇室ジャーナリスト)佳子さまはかけがえのない「戦力」 ご本人が望まれるなら皇籍離脱をさせてあげたい──懸命に公務を担われる佳子さまのお姿を見て、将来そのように感じる国民は少なくないだろう。ところが「佳子さまが公務に励まれれば励まれるほど、皇室脱出からは遠ざかる」(別の宮内庁関係者)という声もある。「皇室の先細りは喫緊の課題です。高齢化も著しい。かつて数人で手分けをしていた要職を兼任することも増えています。例えば、日本テニス協会の名誉総裁は、秋篠宮さまが初代で、眞子さん、佳子さまと引き継がれました。一方、日本工芸会の総裁は、高松宮さま、桂宮さまが務められ、その後、眞子さん、佳子さまに引き継がれています」(前出・宮内庁関係者) つまり、精力的に公務をこなされる佳子さまは、皇室にとってかけがえのない「戦力」であり、簡単に手放せる存在ではなくなるのだ。皇室脱出ということになれば、公務の担い手不足がより加速することになる。 結婚が先でも、皇室脱出が先だったとしても、佳子さまと皇室にとって危うい大問題が具現化することになる。現在、政府は皇族数減少への対応策を練っている。「昨年12月、政府の有識者会議による最終報告書では、皇族数の確保のために『女性皇族が結婚後も皇室に残る』のが主要な案の1つとされました。議論の方向によっては、佳子さまは結婚しても皇室に残り、公務を担わなければいけなくなる可能性が高い」(別の皇室ジャーナリスト) 少なくともそれは、佳子さまが描かれる理想とはほど遠いだろう。※女性セブン2022年7月7・14日号
2022.06.30 07:00
女性セブン
食事を受け取ってオフィスに戻る小室圭さん
小室圭さん、ビザ切れ帰国はひとまず回避? それでも求められる「絶対合格」
 昨年10月、秋篠宮家の長女・眞子さんと結婚し、現在は米ニューヨークの法律事務所で法務助手をしながら、ニューヨーク州の司法試験合格を目指す小室圭さん。昨年7月、今年2月と2回続けて不合格となり、7月の試験が“3度目の正直”となるか注目されている。 反対の声もある中で結婚を強行し、ニューヨークに飛び立った小室さん夫妻。結婚さえしてしまえば、さらにアメリカにさえ着いてしまえば、バラ色の新婚生活が待ち受けているかと思いきや、2人が思うようにことは運ばなかった。「小室さんは2018年にアメリカに渡り、フォーダム大学ロースクールに入学。在学中には奨学金を獲得し、論文コンテストで優勝するなど、優秀さを示すエピソードが次々と届き、合格率が7割前後の司法試験には軽々とパスするものかと思われましたが、残念ながら不合格に終わりました。 そして今年2月の2度目の試験にも落ちたことで、にわかにクローズアップされたのがビザの問題です。小室さんは、学生ビザの延長措置である『OPTプログラム』を利用して現地に滞在しているものと見られていましたが、このビザは最長1年間限りのもの。それゆえ一時帰国の可能性も指摘されていましたが、今に至るまで帰国する気配が無いところを見ると、ビザ問題はひとまずクリアしたようです。一部では、一時的にビザを延長する制度を使ったとも言われています」(皇室記者) ただ、7月の試験が“背水の陣”であることは間違いない。物価が高いニューヨークで暮らしていくためには、たっぷりと稼ぐ必要があるが、現在のままでは新婚生活が破綻しかねないのだ。「小室さんが司法試験に合格して弁護士として働くようになれば、年収2000万円程度が約束されていましたが、現在の法務助手の年収は600万円程度。2人が住む高級賃貸アパートの家賃は月50万円以上で、家賃だけで収入が吹っ飛ぶ状況です。眞子さんは最近、メトロポリタン美術館(MET)に勤務するようになりましたが、ボランティアスタッフなので報酬はゼロ。貯金を切り崩す生活です。 さらに円安も2人の生活にのしかかっています。2人がニューヨークに渡った昨年11月、1ドルは110円台前半でしたが、現在は130円台半ば。2割も円安が進みましたから、家賃だけでも10万円近く上がった計算です。眞子さんは20才から結婚するまで、年間915万円が皇族費として支給されており、かなりの貯金があるはずですが、このままでは近い将来、生活は行き詰まることになる。小室さんは今回の試験で絶対に合格する必要があるのです」(皇室ジャーナリスト) 3回目の試験の合否が発表されるのは10月の終わりごろ。結婚1周年のお祝いが、圭さんの合格の報になることを期待したい。
2022.06.22 07:00
NEWSポストセブン
白を基調としたフォーマルなコーデの美しき佳子さまに感嘆
秋篠宮家、公務のちぐはぐ 佳子さまとご夫妻の間にすきま風、悠仁さま公務回避の理由は?
 6月12日、秋篠宮ご夫妻は、広島県で開かれた全国ろうあ者大会に臨席された。「大学時代から手話に親しまれてきた紀子さまは、通訳者なしでやり取りをされていました。スピーチの際には、秋篠宮さまがぎこちないながらも手話を披露され、大きな拍手が送られたシーンもありました」(皇室記者) しかし、全国ろうあ者大会を主催する全日本ろうあ連盟に非常勤の嘱託職員として勤務する佳子さまは、広島の会場には姿を見せられず、都内で行われた「東京都障害者ダンス大会ドレミファダンスコンサート」に臨席された。「秋篠宮家の公務には、ちぐはぐさを感じてしまいます。眞子さんの結婚を巡る騒動以降、眞子さんの“応援団長”だった佳子さまとご両親の間にはすきま風が吹いているといわれてきましたが、それが目に見える形になっている。 6月中旬には、秋篠宮ご夫妻は東京国立博物館で開催されている沖縄にまつわる特別展『琉球』に足を運ばれる予定です。天皇皇后両陛下も、上皇ご夫妻も足を運ばれました。皇室と沖縄の関係を考えれば当然の公務と言っていい。ただ違和感を覚えたのは、ここでも佳子さまはご夫妻とお出ましにならないこと。そして、悠仁さまも帯同なさらないことです」(前出・皇室記者) 先の戦争が、国民と皇室に与えた影響は大きい。紀子さまはこれまでに、2013年の沖縄訪問や、広島の平和記念公園、戦時中の資料を展示する「昭和館」(東京・千代田区)の観覧に悠仁さまをお連れになっていた。しかし、今回の『琉球』の観覧にはお連れにならない。「小室圭さんは、7月に3回目となるニューヨーク州の司法試験に挑みます。眞子さんの結婚を巡って秋篠宮家への逆風は収まっていません。加えて、悠仁さまの高校進学にまつわる疑念の声もある。紀子さまとしては、“悠仁さまのご評判”を気にされ過剰に注目されることを避けられているようにも思われます」(宮内庁関係者) 悠仁さまや佳子さまが公の場に姿を現し、“ご活躍”が伝えられるようになることを願ってやまない。※女性セブン2022年6月30日号
2022.06.18 07:00
女性セブン
(撮影/JMPA)
上皇ご夫妻、1年7か月ぶりにおふたりそろって外出 「愛の手つなぎ」お姿
 上皇陛下の一歩後ろを歩かれる美智子さま。館内へと入られるときには、そっと陛下のお手を取り、優しくつながれていた──上皇ご夫妻は6月9日、東京国立博物館で開かれた、沖縄復帰50年を記念する特別展『琉球』を鑑賞された。その日のお姿は、いまも互いに支えあわれていることが感じとれるものだった。そんな「愛の手つなぎ」を写真で振り返る。 今回の展覧会ご鑑賞は、上皇陛下にお疲れの様子がみられるという理由から、6月2日の予定から9日に延期されたものだった。そんな陛下のご体調を思いやるように美智子さまは陛下の手を取られ、約40分間、じっくりと展示を見てまわられた。 ご到着の際にはひとり歩かれる陛下を見守る美智子さまだったが、館内へと入られるのにあわせ、そっと陛下の腕に手を添えて歩かれていた。 ご夫妻が皇居や御用邸以外にそろって外出されるのは、2020年10月末の明治神宮参拝以来と実に1年7か月ぶり。上皇陛下は「これはいつ頃ですか」などと展示について熱心に質問され、たびたび「沖縄は戦争があったけれど、よく残っていましたね」と述べられていた。撮影/雑誌協会代表取材※女性セブン2022年6月30日号
2022.06.17 11:00
女性セブン
悠仁さまは共学の筑附でハド部に入った
悠仁さま 夏本番を前に「冷房を」と学校関係者にお求めか ほかの生徒も驚く
 今年4月から筑波大学附属高校(筑附高)に通われている悠仁さま。同校では6月4日、年に1度の大きなスポーツイベントが行われた。筑附高と、学習院高等科・学習院女子高等科との間で行われている、体育会系の部活動の伝統的な対抗戦だ。野球やサッカー、テニス、柔道、剣道などの試合が行われた。「例年であれば、当該の部活動の生徒は試合に臨み、そうでない生徒は各校を自由に行き来しながら声援を送ります。ところが、今年はコロナ禍ということもあり、試合のある部活動に所属していない生徒は、登校の必要がなかった」(筑波関係者) 悠仁さまもまた、学校にお姿をお見せになることはなかった。「悠仁さまは、バドミントン部に入部されました。中学時代は卓球部でしたので、シフトチェンジしたようです。どうやらバドミントン部を選択されたのは、“学習院との対抗戦がないから”という理由だったようです」(前出・筑波関係者) 秋篠宮家と学習院の深い溝はしばしば報じられてきた。そもそも学習院は「皇族のための学校」だ。天皇陛下も秋篠宮さまも、幼稚園から大学まで学習院で学ばれた。しかし、お子さま方の自由意志を尊重する教育方針の秋篠宮家では、長女・眞子さんが学習院女子高等科から国際基督教大学(ICU)に進み、次女・佳子さまも一度は学習院大学に進学されながらも中途退学してICUに再入学された。 悠仁さまにいたっては、幼稚園からお茶の水女子大附属を選ばれ、これまでに学習院とは一切のかかわりを持たれていない。対抗戦で「学習院と戦う」という事態を回避されたかったのだろう。「悠仁さまは今後の高校生活を充実させるチャンスをふいにされたかもしれません。筑附高は大半が附属中学校からのエスカレーター組で、悠仁さまのように高校からの入学組は少数派。学校行事はクラスメートと交流をはかり、親睦を深める絶好の機会だったのですが……」(前出・筑波関係者) 筑附高入学に際しても、悠仁さまが利用された『提携校進学制度』には、「特別扱いではないか」という声が聞かれた。加えて、入学前には、過去に文学賞を受賞された作文に「コピペ疑惑」が持ち上がったこともあった。「それだけに周囲に溶け込めるか心配だったのですが……。つい先日ですが、学校関係者に対して、悠仁さまが“暑いから冷房を入れてください”と求められたことがあったそうです。まだまだ夏本番とはいえませんから、学校関係者もやんわりと諭して断ったようですが、お考えをはっきり表明される悠仁さまに、ほかの生徒も驚いたといいます」(前出・筑波関係者) 一方、悠仁さまの教育に並々ならぬ力を入れられてきた紀子さまは、「保護者会に参加されたが、特に発言などはされなかった」(別の筑波関係者)という。※女性セブン2022年6月30日号
2022.06.17 07:00
女性セブン
成年会見以降、表立ったご活動をされていない(2021年12月、東京・千代田区。写真/宮内庁提供)
愛子さま“雲隠れ”の背景に悠仁さまの存在 宮内庁は「愛子天皇待望論」再燃を危惧か
「皇后雅子さまだけでなく、天皇陛下や愛子さまもご一緒に『養蚕』の作業を行われたことを、担当記者たちは事後に知らされたそうです。すこぶる天気のいい日で、ご一家が揃われたのであれば、それは微笑ましい雰囲気であったと推察されますが、なぜかこっそりと密やかに行われました」(皇室ジャーナリスト) 6月1日、皇居のほぼ中心にある紅葉山御養蚕所。ここで蚕に桑の葉を食べさせる「御給桑」が行われた。御養蚕は歴代の皇后に受け継がれてきたものだ。この日は愛子さまのご希望もあって、ご一家での作業となったという。「特に注目されたのは、愛子さまのご動静でした。昨年12月の成人後、愛子さまが公の場に出られたのは3月の成年会見だけ。成年のご報告のための伊勢神宮(三重県伊勢市)や昭和天皇陵(東京・八王子市)などへの参拝も済まされていません。担当記者らは、御養蚕は愛子さまが活動される貴重な機会だったと色めき立ち、“せめて養蚕の作業をされているお姿の写真を公開してほしい”と宮内庁にリクエストしたのです」(前出・皇室ジャーナリスト) 美智子さまや雅子さまが養蚕の作業をされる場面は、宮内庁側が写真に収め、新聞やテレビメディアを通じて広く世間に伝えられてきた。今年の御養蚕でも、もちろんそのご様子が発表されると思われたのだが──。「結局、そのときの愛子さまのお写真は公開されませんでした。なぜ頑なに愛子さまのご活動が伝えられないのか。学業優先はよくわかりますが、まるで“お姿を隠されている”ようにすら感じます」(前出・皇室ジャーナリスト) 愛子さまは現在、学習院大学の3年生だ。学習院大学ではすでに対面での授業が再開されているが、愛子さまは新型コロナの感染対策のため、すべての授業をオンラインで受講されている。「新規感染者数は減少傾向ですが、“万が一にも自分が外からウイルスを持ち帰り、両陛下に感染させてはいけない”というお考えから、おこもり生活を続けられています。とはいえ、ずっとお部屋にというわけにもいきませんから、職員らとバドミントンをされるなどして体を動かし、気持ちをリフレッシュさせていらっしゃいます」(皇室記者) 前述の通り、愛子さまが公に姿をお見せになったのは、3月の成年会見が最後だ。以降、御養蚕もしかり、愛子さまのお出ましの可能性がなかったわけではない。アメリカのバイデン大統領の訪日もそうだ。5月23日、バイデン氏は皇居・御所を訪れて天皇陛下と会見をした。「夫人を伴わない訪日だっただけに、慣例的にも陛下がおひとりで対応されました。一方で、かつてアメリカで生活され外交官としても活躍された雅子さまや、高校時代の短期留学を通して海外へのご興味を抱かれ、英語力もめざましくいらっしゃる愛子さまが、バイデン氏へのご挨拶にお姿を見せられるのではないかと囁かれました。しかし、実現はしませんでした」(前出・皇室記者) 通学の必要がない分、オンラインでの授業は時間的な猶予を持ちやすい。それでも、愛子さまはバイデン氏への挨拶に姿を見せられることはなく、御養蚕のお姿の公開も避けられた。 たしかに、皇室の暗黙の了解として「学生のうちは学業が優先」というものはある。だが、皇族の絶対数が減少し、公務の担い手が限られる中で、愛子さまのご活躍への期待は自然に膨らんでいる。「宮内庁にとっても、愛子さまの“不在”は本意ではないでしょう。成年関連行事、成年会見でのお姿から明らかなように、愛子さまには皇族としての威厳や風格がすでに備わっています。コロナ禍で国民と直接対話をするのが難しくなっている皇室にとって、愛子さまの露出は欠かせません」(宮内庁関係者) しかしそれに反して、愛子さまの“雲隠れ”の時期が続いているのはなぜか──その背景には、これからの皇室を一緒に担われる、悠仁さまの存在があるようだ。国民を二分する議論は避けなければならない 昨年12月、安定的な皇位継承の在り方を検討してきた政府の有識者会議は、最終報告書で悠仁さまが皇位を継承するまでの流れを「ゆるがせにしてはならない」と結論づけた。つまり、将来の天皇は現在の皇室典範に則って悠仁さまである。翻せば、女子である愛子さまに即位の可能性はない。 しかし、国民の間には「愛子天皇」を望む声が多いことは事実だ。成年会見以前に行われた各種世論調査では、国民の約8割が「女性天皇」を容認している。前出の宮内庁関係者は「宮内庁は、愛子さまのご活躍に期待する一方で、『愛子天皇待望論』の再燃を危惧している」と話す。「愛子さまが公務やお出ましでご立派な姿を見せられ、活躍されればされるほど、国民から高い支持を得ることになるでしょう。そうなることは、成年に際する一連の愛子さまのお姿を見れば自明です。すると、相対的に悠仁さまの存在感が薄まってしまう。 その状況がエスカレートすると、将来の天皇は悠仁さまと決まっているにもかかわらず、『愛子さまと悠仁さまのどちらが将来の天皇にふさわしいか』という議論に発展しかねません。皇室、ひいては国民を二分する議論は避けなければならない。 そのお考えは、陛下も雅子さまも同様のはずです。そのため、愛子さまのお姿が極端に“見えない”状態が続いているのでしょう」(前出・宮内庁関係者) お二方の“ご活躍”が、広く伝えられるときが一日も早くやってくることを願ってやまない。※女性セブン2022年6月30日号
2022.06.16 07:00
女性セブン
ニューヨークの法律事務所で「法務助手」、7月の受験に臨む
小室圭さん試験目前!母親からテレビ電話でサポート受け「ラストチャレンジ」に挑む
 いよいよ“三度目の正直”を果たすべき勝負の7月が目前に迫ってきた。米国ニューヨークに住む秋篠宮家の長女・眞子さん(30才)の夫・小室圭さん(30才)が来月、3回目のニューヨーク州司法試験に挑む。 1年前の5月に留学先の米フォーダム大学ロースクールを卒業し、同年7月に初受験した。当初は、結婚に難色を示していた秋篠宮さま(56才)へのあいさつ時には、合格への自信を表明して10月26日に結婚も、直後に不合格が判明。それでも、新婚生活と2回目の受験を目指して、予定通りに11月に渡米。ニューヨークのローウェンスタイン・サンドラー弁護士事務所に法務助手として勤務しながら、今年2月に再受験も、またもや不合格となった。現在は、3回目の挑戦を表明して、勉強と仕事を両立させる毎日を過ごしている。 現在は、学生ビザの延長のOPTプログラム(留学生が専攻分野と関連ある職種で最長1年間働くことができる制度)で滞在中とみられていることもあり、ある皇室ジャーナリストは「周囲では、次で合格しなければビザが切れて帰国しなければならないとか、国連職員や投資家などの弁護士以外の道を選択するかもしれないなどと、騒がれています。雑音を封じて、堂々と眞子さんとの米国での生活を続けるためにも、何が何でも次で合格しなくてはならない状況になっており、本人も“ラストチャンス”という思いで挑むはずです」と話す。 法務助手とはいえ、仕事をしながらの受験勉強は大変だ。しかも、同州司法試験の過去10年のデータ(コロナ禍の2020年は除く)によると、毎年7月の外国人再受験者の合格率は、わずか20%。これまで受けた2回の試験以上の狭き門となる。 そんな小室さんを支えてくれる人たちもいる。合格を待ち望む妻の眞子さんと勤務先の法律事務所はもちろん、警備や生活面のサポートをしている在ニューヨーク日本国総領事館、そして、小室さんの母・佳代さんだ。 前出の皇室ジャーナリストは「今でも、小室さんと眞子さんは、しょっちゅう佳代さんとテレビ電話で連絡を取り合っているようです。日本で父親と暮らす佳代さんは、働きに出ることもなく、横浜の自宅でひっそり過ごしています。時差があるため深夜になりますが、この“親子電話”が一番の楽しみになっていることでしょう」と明かす。 小室さんは幼い頃に父親を亡くしている。佳代さんは、夫の死後、女手一つで小室さんに英才教育を受けさせてきた“剛腕”の持ち主だ。中高は高額な学費の都内のインターナショナルスクールへ進学させ、その後は、後年に金銭トラブルとなった元婚約者男性から学費を出してもらってまでして、国際基督教大学(ICU)にも通わせて、米国留学も叶えさせてきた。「佳代さんは、これまで小室さんの進路に深く影響を与えてきた人です。そして彼女自身、非常にクレバー。司法試験に二度も落ち、苦難の道を歩む小室さんに、テレビ電話を通じて助言もしていることでしょう。眞子さんも、義母の佳代さんを信頼しきっていると言われるだけに、もし小室さんが弁護士以外の道を選ぶことがあれば、そこに佳代さんのアイデアが入っている可能性は否定できないと思いますよ」(前出・皇室ジャーナリスト) ただ、小室さんとしては、自力で全てを見返したいところ。「合格まであと5点」。2月の再受験が、あと一歩だったのならば、合格率20%の中に割って入る可能性も十分なだけに、奮起に期待がかかる。 決戦までは間もなく。そして、合格発表は10月に予定されている。
2022.06.15 07:00
NEWSポストセブン
【動画】眞子さん「美智子さま米寿祝い」参加計画“里帰り”も?
【動画】眞子さん「美智子さま米寿祝い」参加計画“里帰り”も?
 10月20日に「米寿」にあたる節目の誕生日を迎える美智子さま。その機に合わせて、眞子さんが“里帰り”する可能性が囁かれています。 皇室ジャーナリストによると「この先、美智子さまと眞子さんが、二度とお会いになれない未来があってはなりません。しかし、残された時間が無限にあるわけではない。美智子さまのお祝いのためであれば、世論の手前、眞子さんが帰国する“大義名分”が立ちます」とコメントしています。
2022.06.13 16:00
NEWSポストセブン
小学生の頃、生物クラブに所属されていた雅子さま(2021年5月、東京・千代田区。写真提供/宮内庁)
愛子さま“雅子さまの重責”をお手伝い 養蚕で見えた公務へのご覚悟
 生糸の生産に不可欠な蚕のなかでも、ひときわ細く質の高い生糸を吐き出す種「小石丸」。純国産の蚕で、病弱で飼育が難しいとされる。しかし、若葉が萌える皇居では、今日も小石丸が生命を紡ぎ、伝統をつないでいる。 皇后雅子さまが6月1日、皇居内にある「紅葉山御養蚕所」で、蚕に桑の葉を与える「御給桑」に臨まれた。「前日の5月31日に行われる予定でしたが、雅子さまのご体調が整わず、翌日に持ち越されました。その日は体調面にも問題がなかったようで、長時間にわたって作業をされました」(皇室記者) 皇室と養蚕の関係は、古くは日本書紀に記述があるとされる。現在のように皇居内で飼育が行われるようになったのは、明治天皇の皇后である昭憲皇太后が伝統的な養蚕の手法を取り入れてから。以来「皇后の務め」として引き継がれてきた。皇后手ずから生み出される最上級の生糸は、文化財の補修などに用いられている。雅子さまが養蚕に本格的に携わられるようになったのは、2018年のことだった。「それまでは、上皇后美智子さまが担われていました。秋篠宮家の紀子さまや眞子さんが、御養蚕所で一緒に作業されたことがあったのに対し、雅子さまにはそうした機会がなかったため、“雅子さまは蚕が苦手なのでは”と囁かれたこともありました。実際のところは、“養蚕は皇后の仕事であり、皇太子妃が積極的にかかわるものではない”というお考えから、遠慮されていたようです」(前出・皇室記者) それから4年が経ち、この初夏には慣れた手つきで作業をされた雅子さまのお隣には、天皇陛下と愛子さまのお姿もあった。「愛子さまは、小学生の頃に学校で配布された卵から蚕を育てられ、いまもお住まいで飼育を続けられています。ただ、御養蚕所でのお手伝いはされたことがなかった。その日は、愛子さまのたってのご希望もあり、ご一家での作業となりました」(前出・皇室記者) 昨年12月に成年皇族の仲間入りを果たされた愛子さまは、現在、学習院大学の3年生だ。学生のうちは学業に専念される予定で、卒業以降、本格的に公務にお出ましになることが期待されている。一方、将来の公務の担い手が減少してしまうことは火を見るより明らかで、「結婚後の女性皇族のお立場」についての議論が進められている。「愛子さまへの期待は膨らむばかりで、結論によっては、愛子さまは生涯にわたり公務を担われる可能性もあります。今回、愛子さまは皇后の務めである養蚕の作業を行われました。雅子さまのその重責をご一緒に背負われることで、愛子さまは公務へのご覚悟を新たにされたのではないでしょうか」(前出・皇室記者) 精力的に務めを果たされている雅子さまだが、まだまだ療養中の身だ。雅子さまの務めを支えられることで、愛子さまは母と娘の絆を感じられながら、皇族としての役割を身をもって学ばれている。※女性セブン2022年6月23日号
2022.06.10 07:00
女性セブン
眞子さんは美智子さまの米寿のお祝いに合わせて帰ってくる可能性(写真は4月の眞子さん)
眞子さん「美智子さま米寿のお祝い」で秋篠宮ご夫妻への“禊ぎの里帰り”か
「目に入れても痛くない」という言葉は、美智子さまにとっての眞子さんにも当てはまるだろう。だからこそ、逆風の中で皇室を離れ、慌ただしく海の向こうに渡った孫娘との再会を望まれているのは想像に難くない。美智子さまの慶祝の日は、そんな眞子さんにとって、“里帰りの切符”になるかもしれない。 ニューヨークの美の殿堂・メトロポリタン美術館(MET)で、6月7日から、日本の「着物」を中心に据えた企画展示が始まった。「ニューヨーク在住のアメリカ人コレクターの、江戸後期から昭和にかけての貴重なコレクションが約60点展示されています。アメリカでは東洋、特に日本の伝統文化への関心が高く、METでも定期的に日本の美術品に関する企画展示が行われています」(米在住ジャーナリスト) METには、秋篠宮家の長女・眞子さんが、無報酬のボランティアスタッフとして勤務している。「眞子さんは、今後そうした日本文化に関連する企画展示に『キュレーター』として携わっていくようです。キュレーターとは、美術品に関する資料収集や保管、展示、調査研究などを行う専門職。METのキュレーターといえば世界中の学芸員の憧れの職業です。“日本文化を世界に発信していきたい”という希望を持っている眞子さんにとっては、この上なくやりがいのある仕事でしょう」(前出・米在住ジャーナリスト) 得意分野での活躍が期待される眞子さんに対して、夫の小室圭さんにも別の注目が集まっている。7月に「3度目のチャレンジ」を明言しているニューヨーク州の司法試験が控えているのだ。 今年2月の「2度目のチャレンジ」は、かつて日本で勤務していた法律事務所の代表に明かした通りであれば、「5点不足」で不合格だった小室さん。“三度目の正直”とするためにも、仕事の合間を縫って猛勉強をしているだろう。大聖堂に響いたブーイング 眞子さんと小室さんは昨年11月、まるで国外脱出の様相でニューヨークに渡った。世界に目を向ければ、同じようにロイヤルファミリーから離脱し、母国からも離れて暮らす「元ロイヤル」はほかにもいる。 2020年3月いっぱいで英王室を離脱した、ヘンリー王子とその妻・メーガンさん。ダイアナ元妃の次男で、エリザベス女王の孫であるヘンリー王子は、2018年にメーガンさんと結婚。当初は王族として公務を担っていたが、離脱を機にカナダに拠点を移し、その後は米カリフォルニアに構えた豪邸で生活している。 ヘンリー王子側は、王室離脱の背景には、王室内でメーガンさんに対する人種差別的発言があったからだとしていますが、王室側はそれを否定しています。いずれにせよ、女王の孫が王族であることを自ら辞め、母国を離れて暮らすのは極めて珍しい。イギリスでは夫妻の行動に批判の声が集まりました。その余波はいまも続いています」(英王室に詳しいジャーナリストの多賀幹子さん) アメリカへ渡って以降、テレビの長時間インタビューで自説を展開して王室を批判、暴露本出版にもかかわるなど、ヘンリー王子夫妻は王室を刺激し続けた。「結婚の際は英王室に新しい風が吹いたとしてとても歓迎されていました。しかし、出て行くだけならまだしも、後ろ足で砂をかけるような行為には、王室メンバーも辟易していると報じられました」(前出・多賀さん) 当然ながら、その後のヘンリー王子夫妻と英王室の関係は良好とは言い難い。2021年の4月と7月に、ヘンリー王子は単身でイギリスに“里帰り”をした。祖父であるフィリップ殿下の葬儀に参列するためと、母・ダイアナ元妃の銅像の除幕式に出席するためだった。しかし、帰国時の警備体制と費用を巡って英政府への訴訟を起こすなど、そこでもまたトラブルが絶えなかった。「現在、ヘンリー王子の態度を支持している英国民は全体の3割程度。メーガンさんに至っては4人に1人すら支持していません。“ヘンリー王子はまだしも、メーガンさんはもう二度とイギリスの地は踏めない”というのが、英国民の大多数の意見でした」(前出・多賀さん) ところが6月3日、ヘンリー王子とメーガンさんが、揃って英国民の前に姿を見せた。英ロンドンのセントポール大聖堂で開かれた、エリザベス女王の在位70年を祝う礼拝の場だった。「この出席について、国民の意見は二分され大騒動になりました。大聖堂には歓声も上がりましたが、大きなブーイングも響き渡りました。“王室を出て行ったふたりが、なぜ出席するのか”との批判が集まったんです。 ただ、エリザベス女王は国民の8割近くから支持されている人気者です。その上、前もって夫妻の礼拝への出席を快く認めていた。エリザベス女王の“イエス”は、水戸黄門の印籠みたいなものだと思っていいわけです。お祝いの席という“大義名分”に、批判の声が抑え込まれた格好です」(前出・多賀さん) 夫婦が揃って再び家族の集いに参加できたのは、エリザベス女王という絶対的な存在があったからなのだ。秋篠宮ご夫妻との対話の場にも 翻って、日本の皇室を出てアメリカで暮らす小室さん夫婦と、祖母である上皇后美智子さまの関係はどうだろうか。 4月下旬、美智子さまは上皇陛下とともに、赤坂御用地(港区)内の仙洞御所へ引っ越された。手狭だった仙洞仮御所(港区)では思うようにできなかった散策も再開され、ゆったりとした時間を過ごされている。 しかし、美智子さまの心配は尽きない。1つは上皇陛下のご体調だ。上皇ご夫妻は6月2日、東京国立博物館(台東区)で開催中の沖縄復帰50年記念特別展『琉球』にお出ましの予定だった。「ところが、前日に延期が発表されました。上皇さまにお疲れの様子が見られたことが理由です。延期発表当日は、日課の散策も見合わせられたそうです。この展示会へは天皇皇后両陛下も足を運ばれていますし、上皇ご夫妻にとっても沖縄はゆかりある地です。できることなら予定通りに足を運びたかったという思いは強くお持ちでしょう」(皇室記者) 体調面では、美智子さまご自身も不安を抱えられている。仙洞仮御所へ移られた前後にコロナ禍になり、自由に外出できない日々が始まった。美智子さまは指のこわばりや原因不明の微熱に襲われ、趣味のピアノを弾くこともままならない時期もあったという。そうした中で、美智子さまは10月20日に88才の誕生日を迎えられる。「米寿」にあたる節目の誕生日だ。「コロナ禍以降、皇室においても誕生日のお祝いなど人が集まる場は厳に自粛されてきました。しかし、新規感染者数が少ない状況が続いており、天皇陛下やほかの皇族方の外出公務の機会も徐々に設けられつつあります。 コロナ禍以前のような大々的なお祝い行事は難しくても、お身内だけのお祝いの場はあってもおかしくありません。その機に合わせて、眞子さんが“里帰り”する可能性が囁かれています」(皇室ジャーナリスト) 慶事と絡めた眞子さんの帰国は、実は6月上旬にも噂されていた。「6月4日、三笠宮家の百合子さまが『白寿』の誕生日を迎えられました。明治以降の女性皇族としては、99才を迎えられるのは最高齢で、そのお祝いに眞子さんが帰国して参加するのでは、といわれていたのです。ちょうど、小室さんのビザが切れるとされるタイミングとも重なっていました。 しかし実現しなかった。背景にはコロナ禍はもちろん、いまだに小室さん夫婦への逆風が吹く世間の声への配慮があったようです」(前出・皇室ジャーナリスト) 眞子さんから見て、百合子さまは「曽祖父の義理の妹」だ。一方、美智子さまは「祖母」にあたる。関係性は大きく異なる。加えて、美智子さまにとって眞子さんは「初孫」だ。注がれてきた愛情には格別のものがある。《春の光 溢るる野辺の 柔かき 草生の上に みどり児を置く》 眞子さん誕生の翌年、当時皇后だった美智子さまは、初孫誕生の喜びをそう歌に表現された。愛情の深さは、いずれは嫁いで皇室を出る将来も見据え、ユニークな形を取ることもあったという。「眞子さんが小学生の頃のことです。美智子さまの発案で、内廷皇族の食事を取り仕切る宮内庁大膳課が、のれんやカウンターをしつらえた即席の“寿司店”を作ったことがありました。お客さんは、現在の上皇ご夫妻や秋篠宮ご一家です。美智子さまは、将来外食する際に戸惑わないよう、注文の仕方などを学ばせようと考えられたのです。 美智子さまは、紀宮さま(黒田清子さん)にも同様の教育を授けられたことがあります。つまり、眞子さんにわが子のように接してこられたのです」(別の皇室ジャーナリスト) いかなる環境におかれても、不自由のないように──そうした気遣いを欠かさなかった祖母を祝うために、眞子さんが遠路はるばる駆けつけることになるのだ。「一時金を辞退し、結婚にまつわる行事を行わなかったとはいえ、小室さんの母・佳代さんの金銭トラブルへの説明不足や、一方的な文書発表に終始した会見など、国民の中にはいまだ小室さん夫婦に対する懐疑的な意見は多くあります。 さらに、秋篠宮さまと懇意のジャーナリストが5月に出版した著書で、秋篠宮さまご自身の率直な気持ちが明かされました。娘の幸せを願う一方、戸惑いがあったことも赤裸々に綴られています。 この先、美智子さまと眞子さんが、二度とお会いになれない未来があってはなりません。しかし、残された時間が無限にあるわけではない。美智子さまのお祝いのためであれば、世論の手前、眞子さんが帰国する“大義名分”が立ちます。ヘンリー王子のように、小室さんを伴わない帰国であれば、いくぶんか逆風も弱まるでしょう。さらに、秋篠宮ご夫妻との対話の場が持てれば、“禊ぎの里帰り”にもなり得るのではないか」(前出・皇室ジャーナリスト)エリザベス女王と美智子さまとの立場の違い すでに成人を迎えている秋篠宮家の次女・佳子さまや、天皇家の長女・愛子さまのご結婚も、そう遠くない未来かもしれない。眞子さんの結婚の余波が残り続けている状況は、好ましいとは言えないだろう。美智子さまの米寿は、そういった印象を払拭する数少ない好機と言える。 しかし、英王室のようには事は進まなさそうだ。その要因は、エリザベス女王と美智子さまとの立場の違いにある。「英王室においては、エリザベス女王が『君主』です。一方、現在の皇室の“長”は天皇陛下です。陛下は眞子さんの結婚に際しての儀式の1つである『朝見の儀』を、自らの判断で行わなかったことを、今年2月の誕生日会見で明言されました。この意味は重い。皇室として、“ふたりの結婚が歓迎される状況にならなかった”とおっしゃったも同然だからです。 美智子さまの米寿は、お身内にとってのお祝い事です。しかし、宮内庁がまったくかかわらないというものではありません。プライベートのことではあっても、公的な要素を切り離すことはできないのです。そうした場に眞子さんを招くには、大きなハードルが残されていると言えます。少なくとも、陛下がその“お許し”を出すわけにはいかない。だからこそ、美智子さまの“お気持ち”がもつ意味は大きいのです」(宮内庁関係者) 美智子さまが米寿を迎えられる日、眞子さんはどこでどのように過ごすのだろうか。※女性セブン2022年6月23日号
2022.06.09 07:00
女性セブン
2年以上、大学に通うことができていない愛子さま(時事通信フォト)
愛子さま、大学生活を犠牲にしても「母を支える」 天皇家長子としての覚悟
 コロナ禍の影響もあり、愛子さまの大学生活は3年目も“制限つき”のまま始まった。かけがえのない学生生活が、我慢の時間になることに、愛子さまも残念なお気持ちを抱かれていることだろう。しかしその裏には、母であり皇后である雅子さまをお支えしたいという天皇家の長子としてのご覚悟があった。 令和の時代が始まってから、丸3年が経とうとしている。同時にコロナ禍も3年目に突入した。感染の脅威が去ったわけではないが、少しずつ“日常”が戻ろうとしている。天皇家の長女・愛子さまが通われる学習院大学でも、対面授業が増えているという。しかし、この春に大学3年生になられた愛子さまは、引き続きキャンパスに通わず、オンライン受講をする選択をされた。「皇室全体のことをお考えになられたのでしょう。どれだけ対策をしても、感染リスクがある以上、外出しないに越したことはありません。たいへん勇気ある決断ですが、一方で、人生で一度しかない大学生活が、異常事態のまま過ぎ去ってしまっていることに、失ったものはあまりに大きいと言わざるを得ません」(皇室記者) 昨年、愛子さまは大きな節目を迎えられた。12月1日に20才の誕生日を迎えられた愛子さまは、直後の週末に女性皇族の正装であるローブ・デコルテにティアラをお召しになって成年の行事に臨まれた。今年3月には、30分近くにわたり、初めての成年会見を行われた。「手元の原稿を一切見ることなく、ご自分のお言葉で自然にお話しされていました。雅子さまへの『生んでくれてありがとう』というメッセージには感動を覚えました」(前出・皇室記者) 愛子さまは、皇族としての歩みを着実に進められる一方で、大学生としては、不自由なキャンパスライフを余儀なくされている。天皇陛下は今年の誕生日会見で、次のように愛子さまのことを慮られた。「大学では様々な人たちと顔を合わせて授業を受けたり、放課後の部活動で一緒に参加したり、見ず知らずの人と学生食堂で隣り合ったり、新しい発見と経験の連続であったように思います(中略)愛子には、感染症が落ち着いて、いつの日かキャンパスに足を運べるようになるとよいなとは思います」 失われたのはキャンパスライフだけではない。大学在学中の留学の機会も失われた。今年1月、初めて出席された歌会始の儀で、愛子さまは高校2年時に参加した英イートン校でのサマースクールの思い出を詠まれた。「外国で生活した経験は、愛子さまのなかで色濃く印象に残っているのでしょう。愛子さまは、留学ができないことを残念に思われているのではないでしょうか」(前出・皇室記者) 大学は学ぶ場所、友人と交流を深める場所であるが、生涯の伴侶と出会う可能性がある場所でもある。「女性皇族にとって、“自然”な出会いの場は実質大学生活が最後となるでしょう。お相手選びの選択肢が狭まることは、非常にもったいないと感じます」(宮内庁関係者) それでも、愛子さまには揺るぎない思いがあるという。「愛子さまは、自らの大学生活の犠牲をいとわず、両陛下を支えたいという意思をお持ちです。成年会見でも繰り返し口にされていたその情熱は、母である皇后雅子さまのご体調と無関係ではないでしょう」(別の宮内庁関係者) 天皇家には、お仕えする多くの職員がいる。愛子さまと両陛下の親子関係も、すこぶる良好だ。それでも、ひとりっ子の愛子さまにとって、ふと自室に戻られたときに襲ってくるのは、どのようなお気持ちなのだろうか。同年代のお友達と“同じ空間”で同じ時間を共有することができない。そんな「孤独の部屋」でも、愛子さまが考えられているのは、母である雅子さまのことだ。かつての美智子さまと清子さんのよう 4月、雅子さまは立て続けに公務に臨まれた。13日には日本国際賞の授賞式に、18日にはみどりの式典に外出を伴って出席され、23日の太平洋水サミットにはオンライン出席された。いずれも、事前段階では天皇陛下だけが出席の予定になっていた。「事前に出席を公表すると、プレッシャーを感じてしまわれるという理由だそうです。コロナ禍で公務が減り、リズムが崩れたことで体調を整えにくくなっていると聞きます。それでも、雅子さまはご体調を整えられ、短期間に複数の公務を担われることができました。それも、陛下と愛子さまの支えがあってのことです」(前出・皇室記者) 雅子さまの療養生活は、愛子さまが誕生された2年後の2004年に始まった。その後を振り返ると、雅子さまのご体調の波は愛子さまの学校生活とリンクする面もあった。「小学校低学年の頃には、いじめに起因する『不規則登校』があり、雅子さまが愛子さまの登校に付き添われていた時期がありました。中学時代には『激やせ』が世間の心配を集めたこともありました。学校で何が起きているかは、先生方から“又聞き”するしかない。実際の姿が見えないことが、雅子さまにとって不安につながったのかもしれません」(前出・宮内庁関係者) 聡明な愛子さまはそういった雅子さまのお心の内を理解されていたのだろう。「オンライン受講を続けられることは、雅子さまにとって安心材料ではないでしょうか。愛子さまは、雅子さまのご体調を慮って“そばにいる”という選択をされたようにも思えます」(前出・皇室記者) 自由なキャンパスライフは“リスク”と背中合わせだ。小室眞子さんは、未成年の頃に参加したスキー部の合宿の写真が流出した。写真には、酒の瓶や缶が写り込んでいた。また、佳子さまは、校外学習時の肩が露わになったキャミソール姿が、「皇族としてふさわしくない」と騒動になった。 愛子さまは、オンライン受講を続けている限り、そうした事態とは無縁でいらっしゃる。そうして吹き上がる“上昇気流”に乗った雅子さまには、別の期待もふくらむ。いま世界は不安定な状況下にあり、唯一無二の「中立」の立場にある日本の皇室の外交に期待が高まっている。「なかでも、雅子さまの類い稀なる外交力への期待は別格です。愛子さまは、雅子さまが存分にお力を発揮できるよう、できる限りのことをするというお気持ちなのでしょう。かつて天皇の娘として美智子さまを支えた黒田清子さん(紀宮さま)の姿が重なります」(別の皇室記者)愛子天皇の可能性は事実上消滅 近年、国民の間では愛子天皇待望論が盛り上がった。現在の皇室典範では、女性は天皇に即位できないが、それでも、世論調査で女性天皇を容認する割合が8割近くに達したこともある。しかし、そうした機運が高まっている最中に、愛子さまはおこもりの大学生活を続けられてきた。「成年皇族になられた後も、学業に専念するとして、取り立ててご公務は行われていません。昨年は、『愛子天皇』が実現する実質最後の分岐点でした。しかし、愛子さまが影を潜められた結果、愛子天皇待望論がうねりを起こすよりも先に、有識者会議が、悠仁さままでの皇位継承順を“ゆるがせにしてはならない”という最終報告書を提出した。これにより、愛子天皇実現の可能性は事実上、消滅しました」(皇室ジャーナリスト) それでも、愛子さまの将来は不安定だ。もし結婚したら、民間人になられるのか。それとも、皇室に残って公務を続けられるのか──その結論はまだ出ていない。「それでも、愛子さまは両陛下をお支えになることを最優先に考えられています」(前出・宮内庁関係者) 強いご決意には頭が下がる思いだ。コロナ禍が終焉に向かい、愛子さまがのびのびと学生生活を送られる日がやってくることを願ってやまない。※女性セブン2022年5月12・19日号
2022.05.02 07:00
女性セブン
(宮内庁提供)
上皇ご夫妻がお住まいになる仙洞御所 思い出が詰まった場所の笑顔あふれる物語
 平成から令和への御代がわりに合わせて、お住まいの“入れ替わり”が進められていた天皇ご一家と上皇ご夫妻。引っ越し作業も終わり、天皇ご一家は皇居の「御所」に、上皇ご夫妻は赤坂御用地の「仙洞御所」にお住まいになる。 上皇陛下の皇太子時代に「東宮御所(皇太子のお住まい)」として誕生したこの建物は、平成の御代がわりに伴い「赤坂御所」と呼び名を変えた。そして、いまの天皇陛下が皇太子時代に住まわれるとまた東宮御所に、そして令和の御代がわりに伴い赤坂御所と改称された。 仙洞御所は「退位した天皇(上皇)の御所」という意味を持つ。上皇ご夫妻は、皇太子ご夫妻としてお子さま方と暮らした “思い出の地”に、今度は上皇ご夫妻としてお戻りになるのだ。元宮内庁職員で皇室ジャーナリストの山下晋司さんが言う。「昭和時代、上皇上皇后両陛下は、お住まいで音楽会を開いたり、テニスや卓球をされたりと、家庭的な暮らしを大事にされていました。お子さま方をお育てになった場所ですし、思い出がたくさんおありでしょうから、転居を楽しみにされていたでしょうね」 ご家族の教育の場にも、団らんの場にもなった仙洞御所。その誕生から今日までを写真でプレーバックする。●1960年 天皇陛下ご誕生 写真はご誕生から4か月が経過した頃。生後120日前後で行われ、一般の「お食初め」にあたる「お箸初」を前に美智子さまの腕に抱かれ、笑顔を浮かべられている。●1960年 新東宮御所完成 現在の上皇ご夫妻のお住まいとして建設され、おふたりの寝室、書斎、食堂、美智子さま用のキッチンのほか、子供部屋も2室用意されていた。●1960年 昭和天皇新東宮御所ご訪問 昭和天皇と香淳皇后が新東宮御所を訪れた。玄関前で撮影されたこの写真は、皇室3世代が一堂に会された瞬間となった。●1961年 キッチンに立つ美智子さま 当時27才の美智子さまは、ご自身で料理の腕を振るわれた。並んだ食材にエプロン姿の立ち振る舞いはまさに“日本の主婦”の鑑のよう。●1964年 天皇陛下4才のお誕生日 お誕生日を迎えるにあたって撮影され、和やかな雰囲気が伝わってくる。上皇陛下と天皇陛下が腕相撲で力比べされている姿を見守る美智子さまの表情がなんとも幸せそう。●1966年 お庭で綱引き 天皇陛下6才のお誕生日の翌日に学習院幼稚園の友達80人を東宮御所に招待。庭で綱引きをみんなで行い、陛下も力一杯に綱を引かれていた。●1969年 黒田清子さん「お箸初」を迎える 2005年に黒田慶樹さんと結婚した黒田清子さんは、まだ生まれて数か月の頃。ごきげんな様子の秋篠宮さまとともに乳母車に乗ってすやすやと眠っている。●1970年 上皇陛下37才のお誕生日 和室でカルタ大会に向けてご一家で熱心に練習中。正座で我先にとカルタを取り合う姿はまさに真剣そのもの。●1973年 天皇陛下13才のお誕生日 テニスコートで練習をされる天皇陛下と上皇陛下。上皇陛下は練習が終わった後も熱心にアドバイスをされていた。●1973年 黒田清子さん4才に お庭で満開の桜の下で、美智子さまと一緒にままごとをする清子さん。人形をベッドに寝かせ、ピアノを弾いたりと楽しそうなご様子。●1982年 ご夫妻でテニス かつて、“テニスコートの恋”といわれたおふたりの出会いのきっかけでもあるテニス。48才になられたばかりの美智子さまは上皇陛下と一緒に汗を流された。●1984年 上皇ご夫妻銀婚式 ご結婚から25年が経ち、銀婚式を迎えられた上皇ご夫妻。写真は内宴に合わせて、お庭で撮られた一枚。左は、昭和天皇ご夫妻。●1994年 天皇皇后両陛下が東宮御所へお引っ越し 東宮仮御所にお住まいだった天皇皇后両陛下が、同じ赤坂御用地内の東宮御所へお引っ越しされた。花に囲まれながら散歩される姿がとっても幸せそう。●2002年 天皇ご一家記念写真 天皇皇后両陛下に愛子さま、秋篠宮ご夫妻に、眞子さまと佳子さまが誕生された。天皇ご一家の記念写真の人数もずいぶんと賑やかになっている。●2002年 ご誕生から3か月の愛子さま 談話室での雅子さまと愛子さまのツーショット。体重3102gで誕生され、お祝いの記帳は誕生日と翌日で12万人にものぼった。●2003年  愛子さま1才 両陛下が愛子さまをはさんで談笑されている。愛子さまが、お庭に咲いている花々を指さし、興味津々のご様子。●2004年 お庭で遊ばれる愛子さま 運動神経抜群の両陛下の血を受け継ぎ、愛子さまも木登りに挑戦。支えられながらも木につかまるお姿からたくましさが感じられる。●2004年 愛子さま3才 3才の誕生日用に撮影され、手を上げながらニッコリと微笑まれている。この頃から雅子さまと外出される機会も増え、健やかに成長されていた。●2013年 天皇陛下スペインからご帰国 約400年前から日本との交流が続くスペインを訪問され、帰国された天皇陛下。雅子さまと愛子さまに出迎えられ、にこやかな表情を浮かべられている。●2013年 愛子さま12才のお誕生日 小学6年生になられた愛子さまは天皇陛下と歴史のお勉強。学校では放送委員をお務めになるなど充実の日々過ごされていた。●2015年 天皇皇后両陛下トンガから帰国 両陛下でトンガを訪れた後には、愛子さまの出迎えを受けられた。陛下はこれまで3度トンガを訪問されており、今年1月に海底火山が噴火し被害を受けた際には、お見舞いの電報を送られた。●2018年 銀婚式を迎えられた天皇皇后両陛下 愛犬・由莉を連れてお庭で談笑されている。銀婚式に公表された文書では夫婦円満の秘訣を「笑いを生活の中で忘れないこと」とつづられている。●2019年 祝賀御列の儀 天皇が広く国民に即位を披露し、祝福を受けられる「祝賀御列の儀」終え赤坂御所に到着された天皇皇后両陛下。陛下はえんび服、雅子さまはローブ・デコルテの正装で臨まれた。●2020年 ご進講 新型コロナウイルスが猛威をふるいはじめ、ご公務もオンラインが中心になられていた。専門家から説明を受けられる“ご進講”で学ばれる日々を送られていた。●2022年 新年用ご一家写真 昨年、愛子さまは成年皇族になられた。天皇陛下と同じ学習院大学で勉学に励まれる姿を、天皇皇后両陛下は頼もしく思われていることだろう。撮影/雑誌協会代表取材 写真/時事通信社、共同通信社、宮内庁提供※女性セブン2022年5月12・19日号
2022.05.01 16:00
女性セブン

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