そして今年の土用の丑の日。いよいよ「近大発ナマズ」が新たなフェーズに入った。イオン等大手スーパーで世界初の「近大発ナマズの蒲焼き」販売が始まったのだ。それまでは料理店や機内食での販売が主だったが、庶民の食卓へ一歩接近することに。
「蒲焼きで販売するには別のハードルがあり、カットの仕方から焼き方まで40もの工程で工夫を重ねて、やっとスーパー店頭での販売にたどり着きました」と有路氏は感慨深げ。それでもまだ、バンザイと叫ぶわけにはいかない。
「近大発ナマズ」はそのインパクトからテレビやネットで大反響を呼び注文が殺到。今年は100トンの出荷が目標だが、実は20トン程しか供給できていない、という。原因は突然膨らんだ需要に対する、稚魚の決定的な不足。
「その問題も1、2年のうちにメドを付けます」と有路氏は苦笑しつつ「大丈夫です」と自信を見せた。
数々の大学発ベンチャーが苦戦する中、「必ず儲かる」と有路氏が言い切るのはいったいなぜなのか。
「実は北米、アジア、アフリカと世界各地から問い合わせが入っています」
射程は国内市場だけではなかった。「世界をにらんだ緻密な市場分析が前提なのです」と有路氏。
日本でのウナギ類の市場は年間12万~14万トン。ウナギが足りないなら、不足分はそっくり、ナマズの潜在市場だ。だから必ず儲かる。
一方、世界を見ると、ナマズは養殖魚で三番目に需要が多い魚で、食べないのは日本人くらい。超メジャーな食材なのだ。その巨大市場へ、脂の乗った、ひときわ美味しいブランドナマズを供給できれば、ヒットは間違いない。
「日本はプレミアムナマズの輸出大国になれる。ナマズの養殖は成長過程の大部分において田んぼの転用も可能なので、米に替わる輸出産物にもなりうるんです」
有路氏は熱く語った。世界戦略をもって、満を持して、ナマズを選択したのだ、と。多くの大学発ベンチャーは、まず「研究ありき」で始まる。優れた研究をビジネスにできないか、と起業する。だが、近大はその逆だ。まずは市場の有無を見極める。そして、世の中の需要に対処するための研究が、学内のどこにあるのか探す。その上で、市場の要求と研究や新技術とを組み合わせていく。
「必ず儲かる」秘訣とは、研究とビジネスを逆転させたこの発想にあった。
●やました・ゆみ/五感、身体と社会の関わりをテーマに、取材、執筆。ネットでメディア評価のコラムも執筆中。8月に広島大学を題材にした新刊を出す予定。その他、『なぜ関西のローカル大学「近大」が、志願者数日本一になったのか』『都市の遺伝子』『客はアートでやって来る』等、著書多数。江戸川区景観審議会委員。
※SAPIO2016年9月号