「緒形さんのときは必死でした。セリフ覚えていかな怒られるでしょう。そやけども、そんな緊張を吹き飛ばしてくれるくらいに凄く可愛がってくれました。初めてのロケの時、電器屋の前で野球の試合を観てたら緒形さんが来はって僕の襟首を持って『おい、お茶行くぞ』って。それで草餅を出してくれはったんですね。それを僕は三つも食べた。そんなら僕の顔を見て『バカか』言いはったんですよ。僕も正直に『一つ目と二つ目は旨いから食べたけど、三つ目は笑うてもらおうと思って食べた』って言うたらえらい喜んで。
それから、自分の出番がないのに朝早よから僕の出番をちょいちょい覗きに来はってくれて。ある場面で僕が緒形さんに殴られる芝居があるんですが、緒形さんに本気で殴られてメガネが割れたんですよね。
そしたら、ちょうど出てた白川和子さんが『あんたな、得やで』って言うから『なんでですか』聞いたら『なかなか本気で殴ってくれへんで』って。本気で殴ってくれると、こっちもガーっと行けるじゃないですか。僕の演技が下手だから、本気を出させようとやってるんやということを白川さんが教えてくれました。
それだけ、緒形さんが現場を大事にしているということですよね。演技がどうこうよりも、その現場全体の空気が良くなることって凄く大事やって、その時に僕は思いました。相手のことを思いながら絡んでやっていくと、芝居のことなんて分からなくても現場は楽しいんですよ。自分じゃないんですよね。
現場での人とのムードが一つの映画を良くする。ギスギスしてるっていうのはあんまりよくない。そこは緒形さんに教えてもらいました」
撮影■藤岡雅樹 ヘアメイク■上田実穂 スタイリスト■上野真紀(upward)
※週刊ポスト2016年9月2日号