ところで日本の天皇に対する韓国人の見方には昔からアンビバレンツ(両面性)なところがある。いずれも歴史を背景にしたもので、一つは軍国主義日本に支配されたという〝小過去〟から来る否定的感情であり、もう一つは古代史という“大過去”からくる肯定的感情だ。
先の昭和天皇に対してさえ、一方では“戦犯”などと言い募りながらこんなこともあった。韓国大統領の史上初の日本訪問が実現した1984年9月、全斗煥大統領を迎えた宮中晩餐会でのスピーチで昭和天皇はこう述べられたのだ。
「わが国は貴国との交流で多くのことを学びました。例えば紀元6、7世紀のわが国の国家形成の時代には、多数の貴国人が渡来し、わが国人に対し学問、文化、技術等を教えたという重要な事実があります」
この一言で、あの時の韓国大統領初訪日は大成功に終わった。“小過去”にかかわる「遺憾の意」などよりこの“大過去”の話に韓国世論は大喜びしたからだ。
現在の明仁天皇の韓国における“人気”もまた、護憲派論とは別に“大過去“に由来するところが大きい。2001年の誕生日会見で「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに韓国とのゆかりを感じます」と語られたからだ。
“小過去”の被支配で、日本に対し今なおコンプレックスがある韓国世論にとっては、「昔、お世話になりました」という日本側の儀礼的パフォーマンスは「われわれを先輩と認めてくれた」ということで限りなく心地よい。そんな効果があるのだから、日本だって歴史を対韓外交に利用すればいいのだ。
韓国マスコミは陛下を親韓派と思い込んでいて、早くも「退位後の韓国訪問は可能か?」などと訪韓歓迎論さえ出ている。安倍長期政権を前提に陛下を招いて“アベ叩き”をやらせたい魂胆(?)のようだが、その前に正体不明の「日王」などという呼称は改めてもらわないと、日本として陛下を送り出せない。
●文/黒田勝弘
【PROFILE】1941年生まれ。京都大学卒業。共同通信ソウル支局長、産経新聞ソウル支局長を経て産経新聞ソウル駐在客員論説委員。著書に『決定版どうしても“日本離れ”できない韓国』(文春新書)、『韓国はどこへ?』(海竜社刊)など多数。
※SAPIO2016年10月号