国内

ホスピス医が説く「最後の日」との向き合い方 85才女性の例

 高齢化が進む日本社会。病院の患者の数は増え、入院してもすぐに退院させられることも多い。いわば、病院に頼れなくなってくるこの時代に、どう命と向き合っていけばいいのだろうか。

 これまで2800人以上を看取ってきたホスピス医・小澤竹俊さんが、実例を挙げて、「最後の日」との向き合い方について説く。

 * * *
 ある患者さんの例を紹介しましょう。85才の女性は肝臓や腎臓、胃にもがんが転移していました。10年ほど前にご主人を見送り、一人暮らしの彼女は、自分の家での在宅介護を希望しました。

 40代の初めに購入したマイホームは、横浜郊外の山林を開発した地域の団地の一室です。おばあちゃんは、思い出の詰まった家で人生の最後の時を送りたい、という思いを抱いていました。

 おばあちゃんは生きる気力をなくしていました。近所に住む娘さん(52才)が毎日、介護に通いましたが、買い物も掃除、洗濯、食事の支度も、娘さんやヘルパー任せ。往診のときもベッドに横になり、衰弱しきった様子のおばあちゃんは、「早くお迎えが来てほしい…」と、クリニックのスタッフにぽつりとつぶやいていました。

 苦しんでいる人は、自分の苦しみをわかってくれる人がいると嬉しいものです。スタッフは往診に訪れるたびに、ベッドの側でおばあちゃんの言葉に耳を傾けました。

 最初は言葉が少なかったおばあちゃんでしたが、徐々に重い口を開くようになっていきました。スタッフもおばあちゃんの言葉に、相槌を打つように問いかけました。

 おばあちゃんは花が大好きだったのです。自治会の園芸部で中心的に活動をしていて、入居当時、開発が終わったばかりの殺風景な団地の周辺に次々と花壇を作ったそうです。

「春はチューリップでしょう。ガザニアの黄色い花、真っ赤なゼラニウム、アイッサムの小さな白い花も私は好き。マツバギクの淡いピンク色の花も素敵よ。夏はサルビアに百日草、秋は色とりどりのコスモス、シクラメンのピンクの花も私は大好き」

 花のことを語るとき、おばあちゃんの顔から険しさが消え、それまでに見たことがない、穏やかで温厚な表情になることに、私たちは気づきました。

「お母さんは、大きな社会貢献なんか何もしてこなかった専業主婦ですけど、ご近所の人たちから、『お花のおばあちゃん』と呼ばれているんですよ」

関連キーワード

関連記事

トピックス

『マモ』の愛称で知られる声優・宮野真守。「劇団ひまわり」が6月8日、退団を伝えた(本人SNSより)
《誕生日に発表》俳優・宮野真守が30年以上在籍の「劇団ひまわり」を退団、運営が契約満了伝える
NEWSポストセブン
清原和博氏は長嶋さんの逝去の翌日、都内のビル街にいた
《長嶋茂雄さん逝去》短パン・サンダル姿、ふくらはぎには…清原和博が翌日に見せた「寂しさを湛えた表情」 “肉体改造”などの批判を庇ったミスターからの「激励の言葉」
NEWSポストセブン
貴乃花は“令和の新横綱”大の里をどう見ているのか(撮影/五十嵐美弥)
「まだまだ伸びしろがある」…平成の大横綱・貴乃花が“令和の新横綱”大の里を語る 「簡単に引いてしまう欠点」への見解、綱を張ることの“怖さ”とどう向き合うか
週刊ポスト
インタビュー中にアクシデントが発生した大谷翔平(写真/Getty Images)
《大谷翔平の上半身裸動画騒動》ロッカールームでのインタビューに映り込みリポーター大慌て 徹底して「服を脱がない」ブランディングへの強いこだわり 
女性セブン
映画『八日目の蝉』(2011)にて、新人俳優賞を受賞した渡邉このみさん
《ランドセルに画びょうが…》天才子役と呼ばれた渡邊このみ(18)が苦悩した“現実”と“非現実”の境界線 「サンタさんを信じている年齢なのに」
NEWSポストセブン
アーティスト活動を本格的にスタートした萌名さん
「二度とやらないと思っていた」河北彩伽が語った“引退の真相”と復帰後に見つけた“本当に成し遂げたい夢”
NEWSポストセブン
放送作家でコラムニストの山田美保子さんが、小泉家について綴ります
《華麗なる小泉家》弟・進次郎氏はコメ劇場でワイドショーの主役、兄・孝太郎はテレビに出ずっぱり やっぱり「数字を持っている」プラチナファミリー
女性セブン
調子が上向く渋野日向子(時事通信フォト)
《渋野日向子が全米女子7位の快挙》悔し涙に見えた“完全復活への兆し” シブコは「メジャーだけ強い」のではなく「メジャーを獲ることに集中している」
週刊ポスト
1966年はビートルズの初来日、ウルトラマンの放送開始などが話題を呼んだ(時事通信フォト)
《2026年に“令和の丙午”来たる》「義母から『これだから“丙午生まれの女”は』と…」迷信に翻弄された“昭和の丙午生まれ”女性のリアルな60年
NEWSポストセブン
6月2日、新たに殺人と殺人未遂容疑がかけられた八田與一容疑者(28)
《別府ひき逃げ》重要指名手配犯・八田與一容疑者の親族が“沈黙の10秒間”の後に語ったこと…死亡した大学生の親は「私たちの戦いは終わりません」とコメント
NEWSポストセブン
ブラジルを公式訪問される佳子さま(2025年6月4日、撮影/JMPA)
《ブラジルへ公式訪問》佳子さま、ギリシャ訪問でもお召しになったコーラルピンクのスーツで出発 “お気に入り”はすっきり見せるフェミニンな一着
NEWSポストセブン
渡邊渚さんが性暴力問題について思いの丈を綴った(撮影/西條彰仁)
《渡邊渚さん独占手記》性暴力問題について思いの丈を綴る「被害者は永遠に救われることのない地獄を彷徨い続ける」
週刊ポスト