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ドゥテルテ比大統領の言動から考える法治主義の限界

 法治主義とは法による政治、すなわち、法による統治権力行使ということである。しかし、それを認めているのは当の統治権力である。統治権力があって法治主義がある。統治権力はその初めに、そして根底に、必ず暴力装置を持つ。軍隊・警察である。いったん統治権力が安定裡に成立すると、近代国家の場合は法治主義が始まる。

 日本が外国の侵略を受けた時、国民がレジスタンス運動を展開したとしよう。法治主義を遵奉する警察や裁判所はこのレジスタンスに銃刀法や傷害罪を適用しようとするだろう。しかし、統治権力が空白状態であるから、この法治主義は無意味である。やがてレジスタンスが勝利し、新しい統治権力が成立すると、レジスタンスに銃刀法や傷害罪を適用しようとした法治主義者は新しい法律によって最悪で死刑になるだろう。

 法治主義はこのように常に法治主義の内側にしか働かない。法治主義の適用外、範囲外にある政治現象を「政治の例外状況」という。それは、法律という外皮をはいだ「むき出しの政治」ということでもある。ドゥテルテ大統領は、自分の主観においては、今そういう状況の政治をしている。この主観が本当に正しいかどうかは分からないが、これもまた政治の姿なのである。そして、ドゥテルテが勝利し、麻薬の絶滅した「良い社会」が実現したら、それを否定することはできない。

 麻薬の蔓延に苦しんだのはフィリピンだけではない。清朝末期の支那も同じである。これを憂え憤った林則徐はアヘン業者を処刑しアヘンを焼き捨てた。これは「違法」であるため、イギリス軍によって制裁を受けた。アヘン戦争である。ドゥテルテが林則徐ほどの偉人であるかどうか分からないが、構造は同じではないか。

 法治主義の限界が問われる事件が起きると、良識家は沈黙する。

●くれ・ともふさ/1946年生まれ。日本マンガ学会前会長。著書に『バカにつける薬』『つぎはぎ仏教入門』など多数。

※週刊ポスト2016年10月14・21日号

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