私はその重要性を知った時、野球恐怖症になったことがある。プロ4年目のことだ。自分は指ひとつで試合を左右する立場であることに気付き、根拠のないサインを出すというのがいかに問題であるかを痛感、怖くてサインが出せなくなったのだ。「キャッチャーは守りでは監督以上のことをしているのでは」と恐ろしくなったのである。
バッターの長所短所、カウント、打者心理、投手心理……1球ごとに状況が変わる中でサインを決める。しかもそれが試合をも決める。それだけに責任は重大だ。
だがもちろん、やりがいも大いにある。成功した時の達成感や喜びは何物にも代えがたい。だから私は、生まれ変わってもキャッチャーをやりたいと思っている。
よく野球は「筋書きのないドラマ」といわれる。やはりドラマには脚本家が必要だ。キャッチャーは脚本家であり、いい脚本からは野球の本質が見えてくる。もう一度、しびれるような脚本での名勝負が観たいものだが。
●のむら・かつや/1931年、京都府生まれ。京都府立峰山高校卒業後、テスト生として南海に入団。3年目から正捕手となり、首位打者1回、本塁打王9回、打点王7回、戦後初の三冠王など数々のタイトルを獲得。1970年には選手兼監督に就任、ロッテ、西武を経て1980年に45歳で引退。その後はヤクルト、阪神、楽天で監督を歴任。ヤクルト時代にはリーグ優勝4回(うち日本一3回)を達成した。
■取材・構成/鵜飼克郎 ■撮影/山崎力夫
※週刊ポスト2016年11月4日号