──今後、AIを使うヘッジファンドが日本市場にも本格的に進出してくると、お客さんの資金がそちらに流れませんか。
清原:最初はそうなる可能性はあるでしょうね。しかし、資金を集め、実際に運用が始まると、化けの皮が剥がれますよ。それに、AIは詐欺の温床になりやすい。ついこの前も、「高速取引ができる独自のシステム」を謳い文句にした投資コンサルタントが詐欺で捕まり、被害者の中に芸能人もいた事件が週刊誌で報道されました。
うちはこれまでこれだけ高いパフォーマンスを達成した。だから、今後も……とシミュレーションを示されると、つい信じてしまう。特に日本人はシミュレーションに弱いですからね。
しかし、運用の世界には「サバイバーズ・バイアス」があることを忘れてはいけません。成功したファンドの背後には、実は失敗して廃止になったファンドが屍のように転がっている。その失敗例は取り除き、成功して生き残っている例だけを計測するから、パフォーマンスが高くなるのです。そしてAIの場合、そのバイアス(偏り)がかかりやすい。
なぜかと言えば、プログラムの数だけ簡単にファンドを立ち上げられるから。もうひとつの理由は人材面。今、アメリカではAIを勉強する学生が多く、以前ならIT業界に就職していたのに、破格の高給に惹かれてヘッジファンドに入るケースが増えている。彼らは失敗してもIT業界に簡単に転職できるので、一攫千金狙いになりがちです。その2つの理由で“屍”が増えやすいのです。
──IT業界から人工知能の技術者が有力ヘッジファンドに超高給で引き抜かれている、と本書も書いていますね。
清原:アクティブ運用(市場平均を上回るリターンを目指す運用)の世界はゼロサムゲームで、誰かがプラスになれば誰かがマイナスになる。全体として見ると、社会に対して何の付加価値も生まない。金融工学も客を煙に巻いてお金を出させるために使われてきたようなものです。なのに、金融の世界にもっとコンピュータ・サイエンスをやる人間が増えないと日本は世界から遅れてしまう、などと言う著名な経済学者がいますが、寝言もいいところです。
私は今から予測しておきますが、AIが金融の世界に入ってくれば、流行語になるくらいAI詐欺が増え、優秀な人材が無駄に使われるだけ。いいことはありませんね。
【PROFILE】きよはら・たつろう/1959年島根県生まれ。タワー投資顧問運用部長。1981年東京大学法学部卒業後、野村證券入社。1992年に退社し、ゴールドマン・サックス証券、モルガン・スタンレー証券などを経て1998年から現職。
【協力】伊藤博敏(ジャーナリスト)
※SAPIO2016年12月号