他にも広告業界に知られる珍伝説は色々ある。ソフトバンクの人気CM「白戸家の人々」は、犬が父親で息子が黒人男性のダンテ・カーヴァー、娘が上戸彩という設定だ。すると、「黒人は犬から生まれたと言いたいのか?」というクレームが日本人から来たという。また、とある一般消費財のCMで、髭面のラグビー選手二人が肩を組む演出を中心に考えたところ、「LGBT(*)団体からクレームが来るかもしれない」とお蔵入りになった。
【*ゲイやレズビアン、バイセクシャル、トランスジェンダーなど、性的少数者の総称。】
こうした人種やジェンダーに関するものは主にリベラル派からのクレームだが、保守派からも「女子が『ら抜き言葉』や『やばい』を使うと『言葉の乱れを助長するのか』というクレームが来る」(コピーライター)と、もはや全方位的クレーム殺到状況なのだ。
とはいってもクレーマーはいつの時代にもいる。私が新入社員時代に先輩から聞いた珍伝説として、1990年代にハウス「ハッシュドビーフ」のCMで流れた「あらこんなところ(家庭の冷蔵庫)に牛肉が」という歌に、「冷蔵庫に放置された牛肉を使うのは不衛生」との意見が寄せられた。その後、CMの舞台はスーパーの精肉売り場に変わり、歌詞は「あらお久しぶりね牛肉さん」になったというが、これにはクレーマーを皮肉るかのようなメーカー側の妙な意地を感じたものである。
◆文/中川淳一郎(ネット編集者)
【PROFILE】1973年生まれ。東京都出身。一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。2001年に退社後、ネット編集者、ライター、PRプランナーとして活動。近著『バカざんまい』(新潮新書)など著書多数。
※SAPIO2016年12月号