線香の煙が漂う中、久美子さんが、続いて康さんがゆっくりと焼香をする。「お直りください」の声で、ゆっくりとした動作が元に戻る。
「魂を抜かせていただきましたので、もうここに魂はおられません。次なる場所で、皆さんがたをお守りくださいますよう、そういったお願いをさせていただきました」
「ありがとうございました。やれやれ、お墓さん、お疲れ様でしたって感じです」
「では、ご遺骨を取り出させていただきますね」と上矢さんが告げ、ゴムのハンマーを手にした。墓石の手前、足元の石の部分の端を叩くと隙間が空き、上矢さんが“蓋石”を持ち上げる。その下の立方体の空間が覗いた。
カロートと呼ぶ遺骨の“部屋”だ。手を入れさせてもらった。ひんやりし、じめじめしている。コンクリートに囲まれ、下は土である。薄汚れた骨壷が4つ。久美子さんと康さんは息をのんだ様子で覗き込んだ。なぜか1つは倒れていた。
「地震で倒れたのかな。いや、地震なら墓石も倒れるはずなのに、びくともしていない。倒れた骨壷の中の骨が『早くなんとかしてくれ~』と叫んでいたのかもしれませんね」と清野さんが、場を和ませる。
上矢さんが骨壷を1つずつ取り出し、蓋を開ける。さまざまな形状の白い骨が現れた。1つの骨壷は水浸しの状態だった。久美子さんは思わず顔をしかめた。上矢さんが、骨壷を傾けて水を出して言う。
「日が全く当たらないカロートは湿気がありますから、1日に1滴が落ちてもこういうふうになっちゃうんですね。よくあるんです」
清野さんが「ウチで乾燥させて、きれいにしてから善光寺にお運びします。あと、墓石の撤去もこのあと責任を持ってやらせていただきますので、ご安心ください」。
「よろしくお願いします」と久美子さんと康さんは頭を下げ、お墓を後にした。所要時間合計45分の墓じまいだった。
なお、久美子さんはやすらか庵に依頼する前に、霊園の紹介の石材店3社に見積りを取ったという。50万円から80万円とずいぶんな開きがあった上、2社が「魂抜きが必ず必要」と供養代が別途かかると言い、1社は「今どき魂抜きなんてする人はいない」と言った。「グレーな業界だ」と思っていたところ、テレビ番組に清野さんが出ていたのを見て、ネット検索。やすらか庵はお坊さんがやっているとの情報を得て、「私自身は無宗教ですが、お墓に入っている人たちが無宗教かどうか知らないから、少なくとも魂抜きはしておくのがいいかなと思えた」と明かしてくれた。