当の父は10年前に亡くなったが、自宅から3時間以上かかるこのお墓に入れず、口コミで知った善光寺(境内の尼僧寺院「善光寺大本願」)に「特別納骨(専用の骨壷に入れ堂内に納骨する=10万円と骨壷代1200円)」という形で納骨した。「牛に引かれて善光寺参り」とことわざになるほどの名刹。「1400年の歴史ある善光寺は倒産しない。自宅から1時間半かかりますが、ふらっと立ち寄って、拝んでもらうことのできる理想の形」だからという。
このお墓に入っているのは久美子さんの祖母と、父のきょうだい3人で、康さんが「トシさんって人」と言ったのもその1人。
「ほとんど会ったことがない人ばかり。トシさんも、存命の父の妹(80代)から『入れてやってほしい』と頼まれ『お困りになってるのなら』とお入りいただいたかたなんです」
母(89才)は認知症で、有料老人ホームに入居している。もしもの時が来たら、父と同じく善光寺に特別納骨しようと思っている。3、4年前から、いわく「遠い親戚」が眠るこのお墓をたたもうと考えてきたのだ。たたんだ後、4人は、善光寺の共同墓地に合葬する形(1柱5万円)、端的にいえば父より1ランク安い形での納骨にするつもりだという。
「失礼ですが、いずれ自分たちが亡くなっても善光寺へとお考えですか」と問うてみる。
「ええ。これまでのような形式的なお墓が必要と思えないんです、ぼくたちには。ぼくの実家のお墓は一切を弟に譲りましたし、今のところ、どちらかが死んだら善光寺へ。2人目(笑い)が死んだ時は海に撒まこうが山に撒こうが好きにしてくれと息子に伝えています」と康さんが返し、久美子さんがうなずいた。
◆魂を抜いたのでもうここに魂はいません
袈裟に着替えた清野さんが戻ってきて、墓石に撒き塩をし、魂抜き(抜魂供養)が始まった。お経が読まれる。空にいわし雲が広がり、鳥のさえずりが聞こえる中、小さく鈴を打ちながらの静かな読経が10分ばかり続いた。
久美子さんと康さんはうつむき、数珠を巻いた手を合わせる。グレーのカットソーの手首から覗く橙色の数珠がやけに明るく見える。
私は少し離れたところから、その光景を見ていた。取材とはいえ、建立の時に久美子さんの父はこんなに早く墓じまいの時がやってくるとはつゆ思わなかっただろうな──と勝手な感傷が押し寄せたが、時は移ろう、環境も意識も変わって当然と頭を振る。