その過程で明らかになるのは銀行内の権力争いの凄まじさである。イトマンで不正を働く者に連なる勢力と、そうではない勢力とが対立し、そこに人事が絡み、駆け引き、綱引きが行われていた。
真偽不明の情報が飛び交い、上層部の誰もが秘密裏に会合を持ち、腹の内を探り合っていた。多くの役員が二股をかけ、情勢がどちらに有利に転んでもそれに乗れるようにしていた。
著者の働き掛けによって問題点を指摘する記事が新聞に出ると、それに巻き返すかのように今度は問題がないとでも言いたげな記事が同じ新聞に掲載された。同じ新聞社の中にもイトマンと住銀を巡って権力争い、主導権争いがあったのだ。
磯田会長は絶対的な権力を誇って「住銀の天皇」と呼ばれ、驚くべきことに、その夫人が信じている占いによって人事が左右されていた。詳細は本書に譲るが、イトマンを舞台にした不正に自身の娘が絡んでいたため、磯田会長は不正を働く側に取り込まれていた。
不正を働く側は、会長の女性問題が週刊誌に出ると騒ぎ、それを揉み消したと称したが、週刊誌の話はでっち上げで、会長を取り込むためのマッチポンプだった……。著者が手帳に残した記録によって、?然とするようなそんな事実の数々が明らかにされていく。
バブルの反省によって企業のコンプライアンスは強化された。だが、事件を通して露わになった人間の愚かさ、醜さ、弱さ、哀しさは変わらないだろう。
〈サラリーマンとは悲しい、悲しい生き物だ〉〈百パーセント信用できるのは自分だけだ〉
読み終えて、著者が抱いたやるせない思いが頭の中に響いた。事件の真実とともに人間の性を炙り出した書である。
※SAPIO2016年12月号