三島は、1997年まで存続した「北海道旧土人保護法」を今回の機動隊発言の傍証のように持ち出している。

 この法律については、1986年秋、国会でその「名称」が問題になった際、「朝日ジャーナル」誌上で私が論じている(『バカにつける薬』所収)。

 この「旧土人保護法」の「旧」は、大日本帝国憲法を「旧憲法」と通称する時の「旧」ではない。「旧土人」を“保護”する法という意味である。「旧土人」とは「旧弊で土まみれの人」という意味ではなく「旧から土着していた人」という意味である。その土着人を資本主義の荒波から“保護”するという名目の法律が「北海道旧土人保護法」であった。

 ここで思い出すべきは、ニーチェのドイツ皇帝批判である。皇帝はアフリカの奴隷解放を口実に植民地化を企図した。これをニーチェは批判したのだ。同じように弱者“保護”は、しばしば弱者を抑圧する。この逆説は既に19世紀末に現れ、ニーチェの慧眼はこれを見抜いたのだ。

 前にも書いたが、「差別認定」という善意の政治が文化を圧殺し、しかも差別の総量は少しも減じていない。アメリカのポリティカル・コレクトネス(用語適正化)やアファーマティブ・アクション(差別是正策)も同じ問題を抱えている。三島憲一には、ニーチェ学者らしい見識を期待したい。

●くれ・ともふさ/1946年生まれ。日本マンガ学会前会長。著書に『バカにつける薬』『つぎはぎ仏教入門』など多数。

※週刊ポスト2016年12月16日号

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