◆決して機械任せにはしない
微細な部品を扱う工具も必然的に微細な作りになり、特殊なものは工場内の部品製造部門で製造する。外部メーカーに依頼しても「そんな細かなものは作れない」と断わられてしまうからだ。残念ながら、そこが時計王国スイスとの違いだ。しかし裏返せば、微妙な調整を施したカスタムメイドを作れるメリットもある。
だが、工房の時計師たちは渡されたものをそのまま使うわけではない。
「ヒゲゼンマイの調整に使うピンセットなどは、自分のやり方に合った形状にするために先端部分を削り、使いやすい硬度にするために焼き入れ、焼き戻しを行ないます。他人の工具では作業できません」(前出・伊藤氏)
一方、部品の製造も決して機械任せではない。金属の棒や板から部品を作り出す「自動旋盤」では、部品ごとに異なる加工寸法を見極め、刃具や機械を調整する熟練の目と技術が必要だ。
ムーブメントの土台となる板に機械で正確に窪みや穴を開ける「地板・受け製造」では機械を自在に操る技術が、「熱処理」では炉内の“雰囲気”を察知する繊細な感覚が求められる。「めっき」「模様付け」でも同様だ。そのため、それぞれの機械の前に担当の熟練工が張り付き、目を光らせている。その光景は意外に町工場的である。
「人間の手でここまでのモノが作れるのだということを知ってもらえると嬉しいです。常に100%を目指してはいても、なかなか実現しません。でも、いつまでも辿り着けないという困難さが、逆に時計作りの魅力でもあります」
そう話すのは、鈴木宏臣氏(29)。時計職人を養成する専門学校を卒業してこの世界に飛び込んだ若手の有望株である。
高級機械式腕時計には、熟練の職人の手作りの温もりとハートの熱さが込められている。その小さな宇宙の何と人間的であることか。
●取材・文/鈴木洋史 撮影/佐藤敏和
※週刊ポスト2016年12月23日号