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2017.02.04 07:00  週刊ポスト

生誕から100年の沢村栄治 その短い生涯で築いた伝説の数々

 体のケアに気を遣っていたという沢村。時代に翻弄され、野球以外の理由で壊れゆく自身の肩に何を思ったのか──。『後楽園球場のサムライたち』(現代書館刊)などの著書があるノンフィクション作家・澤宮優氏の話。

「(巨人OBの)千葉茂さんは“長嶋(茂雄)のように光り輝く存在だった”とおっしゃっていました。出征する後輩には“思っている以上に戦況は厳しい。体を大切にせよ。野球を続けたければ手榴弾は投げるな”と、自身の経験から話していたそうです。

 千葉さんや川上哲治さん、(捕手の)吉原正喜さんでさえ全盛期を知らず、“緩い球しか投げられず顔で投げていた”といっていましたが、晩年にバッテリーを組んだ多田文久三さんは“キャッチボールした時、スナップだけで投げた球が唸りを上げていた。肩を壊していなければどんな球を投げたのかと思った”と語られていたのが印象的でした」

 故郷・伊勢市の倉田山公園野球場前には沢村の像が建つ。ここで3月に開催される巨人-日本ハムのオープン戦は記念試合として、巨人の全選手が永久欠番・沢村の背番号14を着用して行なわれる。

■取材・文/鵜飼克郎

※週刊ポスト2017年2月10日号

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