新聞やテレビ放送で「使用禁止」になった言葉が存在する。そのひとつが「酋長(しゅうちょう)」。この言葉は多くのメディアから使われなくなったが、その歴史を振り返るとともに、最近の新たな潮流を評論家の呉智英氏が解説する。
* * *
朝日新聞に新しい潮流が見られる(ような気がする)。3月2日夕刊の「続・南の国境をたどって」を読んで、そう感じた。与那国島の伝説の女傑の話である。
「むかし、与那国島に女性の『酋長』がいた。言い伝えによると、名をサンアイ・イソバという。4人の兄弟を村々に配置し、自分は中央の村にいて島全体を統治していた。巨体で怪力の豪傑だった」
今を去る五百年ほど前「宮古島からの襲撃を受けた」際、これを蹴散らした。「外敵から島を守った英雄として、サンアイ・イソバの話は島民の間で代々伝えられ」「陸上自衛隊が与那国沿岸監視隊のシンボルマークに採用した」。
サンアイ・イソバ、かっこいいじゃないか。木曾義仲の愛妾(あいしょう)、巴御前(ともえごぜん)、劇画家平田弘史描く『怪力の母』、また、馬賊の満洲お菊、といった感じだ。リベラル派も左翼もこれに匹敵する女性戦士を持たなかった。
それに、何といっても「酋長」がいい。酋長は、ここ30年ほど差別用語として使用禁止になっていた。北海道の「酋長岩」もアイヌ団体の抗議によって禁圧されたし、アメリカの「インディアンの酋長」はインディアンの抗議などないまま禁圧された。その抑圧の鉄鎖が朝日新聞の記事によって断ち切られた(ような気がする)。