「旦那は趣味もなくて、家庭も私に任せっぱなしだったの。仕事ばかりの人間から名刺がなくなったら、友達といえる人がいなかったんです。でも私はフラダンスを習っていたし、自治会のつきあいに顔を出すこともありました。それがいやみに見えて、楽しそうにしているのが、悔しかったんだと思います。ちょっとずつ私に暴言を吐くようになって、物を投げたり手が出たりするようになったんです」
夫の暴力に耐えられなくなった武藤さんは、自宅を離れて奈良で働く息子のもとに身を寄せた。
「つらかった時に自転車で奈良のお寺を周って、私を癒してくれたのが仏像でね。何時間でも見ていられたんです。そうして心の平穏を取り戻すことができました」
武藤さんは、短大の家政学科を卒業後、事務職として就職。結婚してすぐに退職。子育てと夫の世話に明け暮れる毎日だった。「そんな私が、まさか75才を過ぎて仏像を勉強するなんて想像もしていなかった」と言う。
「7年前、旦那が倒れて亡くなりました。こんなことを言ってはいけないとわかっていますが、神様が私に与えてくれた最後のチャンスだと思ったんです。それからすぐに資料を取り寄せて、公開講座に申し込みました」
夢中で学び続け、今年で6年目。
「私には孫もいるし、旦那は大手建設会社の社員だったから、はたから見ると幸せな人生に見えたかもしれません。でも、母でもなく、妻でもなく、“ばぁば”でもない、武藤さち子という私個人の人生は何なのかな、って。
その答えを、仏像の中に、そして大学で学ぶというなかで探しているのかもしれないですね」
※女性セブン2017年4月13日号