しゃぶしゃぶもそのルーツは中国のイスラム系少数民族、回族の「涮羊肉(ショワンヤンロウ)」に行き着く。いまでは北京の名物だが、その源流はモンゴルにあるとされる。凍った羊肉を薄く切って、湯にくぐらせる。こちらは正真正銘の鍋料理なので野菜なども入れ、薬味もニラ、ネギ、パクチー、ショウガ、ゴマだれ、塩漬け豆腐を発酵させた腐乳、酢と砂糖で漬けたニンニクなど多種から好みのタレを作る。まさにしゃぶしゃぶだ。
戦後、この涮羊肉を国内に持ち込んだのが第二次大戦中、軍医として北京に赴いていた医師にして民藝運動家の吉田璋也だったという。
「終戦後に帰国した吉田は、京都に2年ほど住んでいた。その間、京都の祇園にある料理店『十二段家』の二代目主人だった西垣光温に涮羊肉の調理法を教え、メニューの開発にも協力した。(中略)そうして完成したのが、しゃぶしゃぶの原型『牛肉の水だき』である。1946(昭和21)年の秋、戦後間もない頃のことだった」(『オムライスの秘密 メロンパンの謎』著・澁川祐子(新潮文庫))
ジンギスカンもしゃぶしゃぶも元をたどればまったく違う料理だった。羊肉を使うジンギスカンは鍋焼き様ではなく直火での炙り料理であり、肉を湯にくぐらせ薬味につけて食べるしゃぶしゃぶもそもそも羊肉を使っていた。素材、そして調理法。どちらも日本流にアレンジが加えられた料理なのだ。
日本生まれの食べ物が海外に持ち出され、現地流のアレンジを加えられる遥か以前から、日本人は海外の食を取り込んでローカライズすることに長けていた。”形”を取り入れ、工夫を凝らし、日本の生活様式に合う季節感などを盛り込んできた。現在の羊肉ブームの定番化、定着化に向けては現代日本人の生活様式に合うカスタマイズも必要になってくるはずだ。
ちなみに先日都内の専門店で「羊のしゃぶしゃぶ」を食べていたところ、同行者が「すみません。なんだかのぼせました」と言い残して表へと出ていった。もともと羊肉は冬場などに体を温めたいときの食べ物だとも言われる。本来、日常の食べ物は体の求めに応じて選択するもの。羊肉料理も「流行っているから」だけでなく、「体を温めたい」などの能動的な目的とともに口にする。欲望のみに突き動かされるのではなく、体の求めを聞く耳を持つことで食べ手はさらなる至福を手に入れられるはずだ。