このカルテを観察する限り、事件に繋がる痕跡は見当たらない。患者は、まるで自然死を迎えたかのようだ。無論、私はこの段階で、記入されている薬品名を把握している訳ではない。
この後の話で、このカルテには、死を直接的に誘発した筋弛緩剤「レラキシン」の文字が書き込まれていない事実を知る。このことが当時、様々な憶測を招いた。
末期ガン患者の多田さんは、臨終間際、凄まじいけいれんを起こした。その時、病室には、看護師2人に加え、多田さんの妻、娘2人、親戚が見守っていた。家族が泣き叫ぶ状況下、モルヒネを増量しても、けいれんを妨ぐことはできなかったという。そこで、山中が意を固め、看護師の1人に指示を出した。
「レラキシンを持ってきて」
「えっ?」
看護師は指示に従いつつも「もうこれ以上はできません」と言って投与を拒み、院長自ら点滴を打ったと報じられている。