「記憶力にかかわらず、日々の生活がすべての基礎になっていると思います。テレビで興味のある話題があったら、それを今度、どのグループの誰に話そうかと考える。その時点で自分の頭の中で話を整理するわけです。日常のささいな行動が脳の活性化に繋がっています」(友寄さん)
◆「長期記憶」は高齢者にとっては重要
脳科学の第一人者で、自然科学研究機構生理学研究所教授の柿木隆介さんも、とりわけ「興味」「競争」「緊迫感」が大切だと話す。
「脳の神経細胞は加齢とともに減少し、一度減ったら増えることはありません。しかし、記憶を司る『海馬』の神経細胞だけは増える可能性が指摘されているのです。その際に重要なのは、心理的な要因です」
柿木さんは一例として、ロンドンのタクシー運転手を挙げる。ナビ要らずといわれる彼らの頭の中にはロンドンの地図が丸ごと入っており、客が行き先を告げると迷うことなく車を走らせるといわれている。
「ドライバーの脳を調べたところ、驚くことがわかりました。勤続年数と海馬の神経細胞数が比例していたのです。ドライバーはライバルが多く厳しい競争環境にあり、新しい道を覚えるにはモチベーションが必要。厳しい試験もあり、緊張感を持って仕事に臨む。これらの要素により海馬の働きが活性化され、神経細胞が増えたと推測されます」(柿木さん)
加えて友寄さんのケースは、「長期記憶」が優れている可能性を指摘する。
「人間が得た情報はまず海馬に一時的に集められ、極めて印象が強かった情報は側頭葉にある“保存室”に収められ、長い間忘れられない『長期記憶』になります。一方、保存庫に収められない不必要な情報は『短期記憶』として次第に忘れられる。
高齢者の中には、ついさっきの出来事は覚えていないのに、昔の歌は覚えているというかたが多いでしょう。これは海馬の神経細胞が減ったことで起きる現象です。友寄さんが80才を超えても円周率を暗唱できるのは、加齢で海馬が衰える前に『長期記憶』として保存したからだと考えられます」(柿木さん)
心身の健康もまた、脳に多大な影響を与えているという。『「脳が若い人」と「脳が老ける人」の習慣』(アスカビジネス)の著者で早稲田大学研究戦略センター教授(脳神経科学)の枝川義邦さんが語る。