一昨年のユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産登録とそれに伴う外交問題にからめて答えようとすれば、やや難しい問題だった。そこでこう答えた。韓国や朝鮮の人にとって世界遺産の登録に異論があることは知っていますし、日本はそうした批判の声に耳を傾けないといけないと思います──。この夏、韓国で公開された虚実が入り混じった映画『軍艦島』の影響もあったのかもしれない。頭の悪い外相答弁のようなコメントだったが、その応対に、女子生徒もやはりわかったような、わからないような無表情で頷いていた。
この質疑後、主催の司会者はやや焦りながら「あのー、今回のテーマに関係のない質問は控えてくれますか」と呼びかけた。すると、その手の政治的な質問はなくなった。
その後は、自分だったらどのように災害を受け止めるか、被災後の生活を自分ならどのように過ごすかといった話をする中で、初回の講演は幕を閉じた。
「おかしな質問が出てしまって、すみません。もうちょっと言っておけばよかった」
インディゴのスタッフはすまなそうにそう私に言ったが、とくに悪いことだとは思わなかった。
実際、彼ら中高生も私に対して、ネガティブな感覚で聞いていたようではなかった。講演後に行ったサイン会では、上記の質問をした男子生徒、女子生徒も参加したうえ、「お話聞けてよかったです」と明るく声かけもしてくれた。そこで思ったのは、彼らにとって、日本と韓国が相互に関係する少ない情報の一つが慰安婦や軍艦島だったのだろうということだ。
サイン会のさなか、彼らから尋ねられたのは、「どんなマンガが好きですか」「どんな歌手が好きですか」といった中高生らしい質問だった。そして、そのレベルの問題として、彼らがもっていた情報が慰安婦と軍艦島だったように聞こえた。
だとすれば、むしろこちらのほうこそ、もっと彼らの意見を聞くべきだったように思った。
その翌週の14~15日、今度は16歳の子たち──今度は500人近くいた──との対話は、実り多きものだった。
この週のテーマは「正義」。そこで出したのは、東北の被災地で起きてきた各種問題だった。沿岸に高さ15メートル級の防潮堤を設置すべきか問題、地域での集団移転をする際での津波被災地近くで復興すべきか、それとも津波に関係のない内陸部にすべきか問題、原発に伴う慰謝料はいつまで続けるべきか問題……。いずれも「正しい解」がない悩ましい課題で、立場によって「正義」が変わる難しい問いだった。
だが、その難しい問いだったからこそ、逆に、この回は挙手が絶えないほどの盛り上がりとなった。こちらが背景の事情を説明したうえで、どう判断するのがよいのかを問いかけた。すると、続々と手が挙げられ、意見が縷縷述べられる。そこで議論は終わらず、異なる意見をもつ生徒も挙手をし、反対意見を述べる。その意見が語られている間にも、さらなる挙手が行われる。議論はおおいに白熱した。
実際、彼らの提言や意見は非常に的を射たものが多かった。
原発被災で慰謝料をいつまで続けるべきかという問いでは、生活を慰謝料に頼り続けることは労働意欲の問題としてもよくないのではないかという意見があるかと思えば、別の子は、そうした慰謝料は数年かけて段階的に下げていくのがよいのでは、というアイデアを出す子もいた。また、津波被災地に地域移転をすべきかという問いでは、津波被災の可能性が残るところに住むべきではないという意見が多くありながらも、元いた地域に愛着がある年配世代を無碍にもできないだろうという意見も少なくなかった。どの意見も、しっかり自分の頭で考えたうえで出された「答え」ばかりで、登壇者である私は途中からファシリテーターのようなスタンスになっていた。
この熱い議論の様子に、釜山の教育局の担当者は目を丸くして感銘を受けていた。一連のキャンプの講演の中でも、もっとも議論が盛んだったという。こんなに意見が出るなんて予想外ですよ──。終演後、担当者は興奮気味にそう話していた。