ふたたび電話がかかってきて、わたしが出ると、すぐに切れました。そもそも母は、信じやすく騙されやすいので、あのとき帰宅していなかったら、格好の餌食になっていたかもしれません。

 そんなわたしも以前、年末に浅草の団子屋のアルバイトをしていたときの帰り道、いまにも泣きそうな婆さんが近づいてきて、「財布を落とし、家に帰れなくなったので、お金を貸して欲しい」と言われ、可哀想になって千円を貸したことがあります。婆さんには「すぐに返します」と言われ、連絡先を教えました。

 当時のわたしにとって千円は、ものすごい大金でしたが、なんだか良いことをしたといった気分になり、それから毎日、郵便ポストに千円の入った封筒が届いてないか楽しみにしていました。しかし二十年経ったいまも郵便は届いてません。わたしは騙されたのでしょうか? だとしたら、泣きそうな婆さんの演技は、助演女優賞並みに素晴らしかったのです。

●いぬい・あきと/1971年東京都生まれ。作家。「鉄割アルバトロスケット」主宰。2008年小説家デビュー。『ひっ』『ぴんぞろ』『まずいスープ』『どろにやいと』が芥川賞候補に。『すっぽん心中』で川端賞受賞。著作『俳優・亀岡拓次』が映画化。現在DVDが発売中。『のろい男 俳優・亀岡拓次』で野間文芸新人賞受賞。新刊に『ゼンマイ』(集英社)。散歩ばかりしている。

※週刊ポスト2017年9月1日号

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