文化人類学者のグレゴリー・ベイトソンによるダブルバインドは、2人以上の関係で繰り返され、2つの矛盾した命令を行うことで、相手にストレスをかけるコミュニケーション状態だ。彼女の発言なら「私の評判を下げるな」「私の心を傷つけるな」と禁止し、従えないと文句を言う。「私の指示は全部終わらせろ」と命令し、終わらせるため自分で判断すると文句を言い、確認すると「ちがうだろーー!」と怒りだす。失敗した理由を問われ答えると、「そんなつもりがなかったらいいのか」とますます怒りだすという構図だ。

 ダブルバインドではこの時、生存への脅威となる処罰やシグナルが伴う。あの「死ねば」「娘が交通事故で轢き殺されて」という発言だ。仕事のポテンシャルはないと言われ、何をしても、しなくても怒られる秘書。完璧主義で管理したいタイプの豊田議員は思うようにいかず、秘書を理解する気もケアする気もなくパワハラを加速。挙句、「お前のせいで…」と自分が被害者になってしまうのだから、彼女が潔く謝ることはこの先もないだろう。

 だからなのか「秘書に何を謝っているのか?」と問われると、しばらく右頬に手を当て首を傾げたまま、元秘書とのやり取りを振り返っていた豊田議員。この仕草を見る限り、実は何をどう謝ればいいのか、思い返してみても彼女にはわからなかったのではないだろうか。

 というのも彼女は、記者の「5年間、一生懸命頑張った」という発言に頷き、「10日間ですべてが台無しにされた」に頷き、「あの方のせいで」という言葉に頷いたのだ。「台無しにしたのは私」と言ったが、無意識に頷いたことで、本音では秘書に台無しにされたと考えているのだろう。

 嫌な質問には表情が消え、反論されると不満と怒りからか眉間にシワが寄り、おでこに横ジワがくっきりと浮かぶ。「議員の資質はあるか?」と問われると答えをすり替え、頑張ってきた自分をアピール。「全部チャラにして、議員を続けます」とマイクを握る手の横で、右手をぐっと握って小さくガッツポーズ。「ということではなくて…」と続けたものの、この会見で本当に全部チャラにして頑張るつもりらしい。

 会見の最後、発端となった『週刊新潮』の記者の質問に表情を強張らせ、左上の眉だけをピクリと動かした豊田議員。質問をさえぎると、怒りからか上唇が一瞬、めくれるように持ち上がった。あごを上げて、わずかに上から目線で語気荒く早口で主張したかと思えば、作ったような穏やかな声音で返答。まさに表と裏、これこそ彼女の本質が見えた瞬間だった。

■撮影/矢口和也

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